液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

概論

今日は絶対映画。抽象的なもの。映画の外部にあるもので構成することを目的としたもの。絶対音楽(対:標題音楽)から派生したものらしい。ドイツで多く作られたらしい。代表する作家は4人くらいしかいないらしく、今日は内2人の作品を見た。Hans RichterとViking Eggeling。この2人は偶然に同時期?スクロールペンティングとゆう横長の絵画をやっていて、偶然。その後知り合って一緒に制作したとか。この2人の作品は時間的に変化する抽象絵画とも言えると。Hansはキュビズムからスタートし、ダダの中心人物
だったんだって。ダダというものがO先生のこの授業によってずいぶん分かるようになってきたかも。ダダ的な無意味・ナンセンスと視覚的抽象リズム。視覚的なものというのはいつも何かという形があった。それを壊したかったのでは・・・?今、これらの作品を見ておもしろいかおもしろくないかと言ったらおもしろくないかもしれないが(私は楽しめたけど)、1920年頃に、その時代にそうゆうことを考えてた人がいて、それが残っていて、それを今私たちが見ることが出来るということはおもしろいんじゃないか、って。というかんじにノート。の復習。ってなんかこれ、ほとんどは先生が口で喋ってることをメモしてるかんじだから、ちゃんとした意味になってない部分もあるかと。先生が喋り上手くないし。

んーでもやっぱ前衛映画たのしいな!だって結局映像だけの話ではないし。特に今日は音が絡む話で。先週もか。今日見た映像は結局音はないんだけど。映像で音を、メロディを、なんて、うわあ。20年代って、おもしろいのかも。いいなーいいなー