液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

ひとつ、気持ちが乱れると、それに巻き込まれていくかのようにまた一つまた一つ乱れていってしまう。なんだ、また、前と同じだ。・・・。自分の顔が、酷く見えてくる。鏡という場面を通じて現れる自分の顔は、醜いようだ。気持ちが沈んでるから、それがそのまま顔に出てしまう。それはわかってる。それでも、酷いと思ったら酷いのだ。えぐられる気持ち。嫌で嫌で嫌になってくる。どうにも出来ない。2年前にも同じことはあった。その時は今よりもっとひどくて、ひどくて、なんだか大変だった・・・。その頃といえば、ぜんぜん自分をコントロール出来てなくて、それでも時間になんとか流されてて、今から思えばまるで全身の骨が歪んでいるようだった。家で鏡を見ると、むかむかしてきた。どうしようもなくて、泣き崩れた。外に出ると、鏡を見るのが嫌だった、怖かった。人に顔を見られるのが嫌だった。ただすれ違うだけで、自分が変な顔だから見られているんじゃないかと思った。軽い、醜形恐怖症だったのかもしれない。結局このときのことが、ずっと尾を引いているのだろう。それから、なんとか人とすれ違う恐怖は消えて行く事が出来た。けれど、確実に、自分の顔は酷いものだと見なすようになった。そして、どうにかしてそれを取り繕わなきゃいけないと思うようになった。そして、そうやって、そうすることによって自分の気持ちを沈ませないようにって、言ってないフリをしながら自分に言い聞かせてる。自分内伝言ゲームみたいなもんか。けれど、やっぱり時々それも敵わなくなる。誰かが伝え間違えるのだろうか。そうしたら、自分自身がどんどん重くなっていくような気がする。ずしん。自分を自分でごまかしてるのは、ちょっと、重い。でも、もう、後戻りできないよ。苦しくなったって、もう他の方法を考えることすら出来ない。ただただ、重くなっていく。ずしんずしん、ずしん。
今日は40分歩いた。スパンクスを聴きながら、口パクで歌いながら。大好きだ・・・。