液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

qyu2005-05-28

今週入ってだめだめだなぁ。きっと今の自分の顔も中身もどろどろしてる。こうやって何かが体内に詰まってる感じは時々起こる。その度むしゃくしゃする。全部嫌になる。こうゆう時、こうゆうのを解消することが出来るのはきっと音楽だろうなぁって思わず思う。だめだあ自分。相変わらず全然上手く色んなことに手を伸ばせない。本を読むこと、ネットをすること、料理をすること、人と関わること、授業を受けること、課題に取り組むこと、どれもきっと全部中途半端。ぜんぜんうまく取り入れられてないみたい。もやっともやっともやっとばかり。これが5月というものか。けれどもっと日が過ぎれば梅雨が待っている。そして梅雨が終わる頃は前期が終わる頃。そんなことに感動してばかりでとてもアホらしい。
私はやっぱり何かを作り出すのって凄く下手で苦手なのだろうか。向いてないのかなぁ。なんか凄く嫌になっちゃった。やっぱりそうだったのか、って。昔思ったことは、間違いじゃなかったのかと思うと、馬鹿な話、目の前にシャッターが下りる感覚を味わう。あほらしい話なのかなぁ。
今日は本当はボランティアスタッフへ行くはずだったのだけど、朝起きて用意をするも、もうどうにも自分の気持ちに勝てなくて結局行かなかった。こうゆう、自分に嘘ついてつきれないところ、悔しいな。嘘つき通せればいいのに。そうしたら何か違うんだろうなぁって思う。でもやり切れない。それで結局うやもやなまま。何ら変わらない。なんかこううだうだ書いたところで馬鹿な話に過ぎないからやめよう。



昨日はKちゃんとその彼氏のY先輩と友達2人との計5名でご飯を食べに。って私は相変わらずサラダバーのみだったけど。お昼に春雨サラダだったから(前日の晩御飯の残り)、特におなかすいてたわけじゃないけどやけに食べれる自分に驚いた。Kちゃんが楽しかったよ〜と最後に言ってくれていたので少しほっとした。でも心配だなぁ。詳しくは私も聞いていないんだけど、どうやら精神的に大変みたいで。だから最近はずっと学校にも来ていない。通学に二時間半ほどかかるから余計大変だろうし。病院に行ったりしてるみたいだし、親もある程度は理解してくれてるみたいだけど、一番辛いのはKちゃん本人なのだから、それを思うと自分に出来ることといえば、少しでもいいからKちゃんの気持ちに近づくことくらい。私は自分の体験から思うに、自分の気持ちを理解してくれる人がいるっていうのは大きいって思う。まぁ私は昔から自分のことは誰にも言わず抱え込んで当たり前で誰かが理解してくれるというのは完璧無視した考えで生きてて、それだから余計に大きかっただけかもしれないけど。でも、わかんないけど、自分のどうしようも出来ないものを分かるというか、なんて言うのかもよくわからないけど…。思えば私はもうすっかり長期間、一ヶ月ですら連続してずっと落ち込むことなど当たり前のようになくなった。はっとそんなことに気づき、少し驚き、すっとそれに納得したというか。まぁこんな風に過去と現在を照らし合わせ行き来するのはなんか気持ち悪くなってしまうけど。そんな、落ち込める状況にないとも言えるかもしれない。だってもう、もう後戻りは出来ない。当たり前だけど、時々びくついてしまう自分がいる。1人暮らしに恐れをなす。今がそうだから。あぁこんなこと言っていてはだめだけど。うん。えぇと話がずれすぎる。そうやって長い期間で深く苦しむことはない自分がいる。なんていうか悩むことだけに集中することは無理。どうしても生活がのしかかってくる現状。それはそれで少し楽なんじゃないかとも思う。いや逆なのかもわからないけど。だから長い期間というのはあぁ苦しいのかなぁって思う。そして、もうそんな風にはなっていない自分に気持ちの理解など出来るのか、していいのかなぁとか思った。なんか分かりにくい話だな…。全然出来てないだろうけどさ、まぁ。でもKちゃんが私に少しずつ話をしてくれただけで少し嬉しかった。そこで私に何が出来るかなんてたかが知れてるけど、うやーむやーぐやーーーー。なんかわかんないこうゆうのっていつもわからない。だって私はただの人間で、沢山劣っている人間で、どうにかこうにかごまかして計算して汚いやり方でばかり進んでるだけで、そんな人に何が言えるんだろうか。ああもう今は何を言ってもだめな気がする。



美の巨人たちを見てると、こんな番組作れたらどんなに楽しいだろうなぁって思ったりする。テレビ東京の番組ではそんな気持ちになることが時々ある。単純な思考だけど。こないだある先生とテレビ東京の話になって、先生曰くテレ東はお金がないからこそ知識を絞ってるとかなんとか。そんでもってだから変な番組が多いとか言ってたかな。他の民放は出演者を重点においてというか出演者で番組作りをしている(ように見える)けど、テレ東はそうはなってない。ああ確かに…とテレ東で見ている番組を思い浮かべて思った。私はべつにどっちもどっちで良いと思うけど、惹かれるのはテレ東ってことなんだろうなぁ。うーむ。



そして今最高潮に自分の身体が嫌だ。全て嫌だ。なんでこんな皮膚を背負わなきゃいけないのだろう。本当に嫌で嫌でたまらない。老化というものをありありと宣言されているよう。汚くて重い。今自分の全てが嫌。全てという表現は難しいが。皮膚が嫌いだ。一生コンプレックスを背負うのだろうな。ずっとずっと小さい頃からねたんでる。私はきっと自分の身体全てが汚らわしくて嫌いなんだ。そうやってずっと思ってる。そんな外のせいにしているだけだろうか。どうだろう。



今日は本を読み進めた。