液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

qyu2005-06-07



一昨日はMちゃんと万博記念公園にある国立民族学博物館「きのうよりワクワクしてきた。」ブリコラージュ・アート・ナウ 日常の冒険者たちという展覧会を見に行ってきた。そしてその前にカンテ・グランデでお昼を食べた。私はホット・チャイとチーズ・カバブチャパティを食べた。もちろん、うまい。んー相変わらず居心地が良い。お昼時だけあって、行った時はすぐ座れたのだけど、出る頃にはわんさかしていた。
それからモノレールで万博記念公園に降り立つと、太陽の塔がおで迎えしてくれた。もうこれが感動。こうゆう巨大造形に対してワクワクドキドキしたのは小さい頃のディズニーランドへの気持ちと似ているような気がした。遠くから、徐々に近づいていく、なんともいえないえぐさがあった。しかし本物の太陽の塔はとてもキュートだった。とてつもなくキュートであった。本当にとてもとても感動した…。圧倒されまくって胸が小さくなってしまうようだった。はしゃぎまくり、テンションがとても高まっていた。しかし、触れることは出来なくて、とても残念だった…。
みんぱくはこれまたとても楽しかった!!最近授業で学ぶものはなんかカッチリしたものが多かったような気がするから、なんか気が楽になったというか。昔の小学校の図工を思い出した。埼玉に引っ越す前の、都内の小学校時代のこと。そこの学校は今思えば中々おもしろいというか、色々充実していた学校だった。図工の教室には常に様々なものが置いてあった。そして授業で作るものも、わりと色々と自由だった気がする。うん。一年に一度、外へ出かけての写生大会というか、白い大きい画用紙の上での制作も、自分で好きなものなんでもいいからを持って行って制作して。私は小学5年の時、なぜかこれで学年に2名の金賞みたいのを取った。それで全校集会で表彰式みたいな形で壇上で賞状をもらえるんだけど、その日はなんか風邪とかズル休みとかで学校休んでたっけ。そんなもんだ。きっとこんなんは最初で最後だったんだろうな。そうゆう、あの小学校の具合を思い出した。あの頃は楽しかったなぁ…。今から思うと結構理想的だ。

民族学者のレヴィ=ストロースは、未開社会特有の思考法にブリコラージュという言葉をあたえました。目的や概念に即して手段を講じる近代科学的なアプローチに対して、未開社会では、ありあわせの道具と材料を元に何かをなしとげようとする。カレーライスをつくろうとして材料を買いそろえるのではなく、冷蔵庫のなかのあり合わせの材料でつくるお総菜のようなもの、といえばわかりやすいでしょうか。

ブリコラージュという概念はまさしく小学校でやっていたことのような気がするんだが、どうだったんだろう…。もう既にその頃の記憶が結構危ういから微妙だけど。でも私が美術という科目に苦手意識を見出し始めたのは中学生前後からだと思うから、都内での小学校の頃はきっと嫌いじゃなかったはず。そう思うと、私も嫌いじゃなく楽しくやれてたのかなぁと思ったりする。良いことではないか。
本当に素敵な素晴らしい展覧会だったなあ。すごいね、すごいよ。みんぱく超すごい。なんかテレビとかで見る外国のようなイメージ。みたいな。日曜日だけあって沢山人がいたけど、それで混んでて疲れるとかいうのはまるでなくて、むしろ人が沢山いる方が凄く楽しくておもしろくて良かったと思う。しかも学校の先生にまで会った。見つけた時は本当にビックリして本物?!とか思っちゃったよ。T先生なんだもん…。



今日はいつも通りに起きてお弁当もいつも通り作ったのに、直前から力が抜けてしまってああもうだめだあと布団にうなだれることにした。そして寝ていた。午後から行こうかなぁと12時ごろ目覚めたのだけど、いいやもう太陽つらいしということでまた少し寝て。5限には行かないとと思い、課題を仕上げ、16時ごろ学校へ行った。そして授業を受けて、ひょんなことからM家へ計5名で夜ご飯に。これが予想外に豪華なメニューになった。ハンバーグにマカロニサラダにふかしじゃがいもにはんぺんチーズウィンナー挟み揚げにコンソメスープにと。なぜこんなパーティ具合に?とりあえず美味くてお腹いっぱいに。友達ってよいね。それで23時ごろには帰宅。お酒紙コップ一杯でもうダメだ…。家着いてからが酔いがまわってきて呆然としていた。
しかしあれだ。1人がきゅーちゃんの好みってどんな?わからんよーと言ったのだけど、他の2人が一緒になって、なんか、なんとなくわかると言った。あれだよね、雰囲気がある人だよねと2人とも言ったのでなんだか少し驚いた。や、まさしくそうで、何とは言えなくてなんか自分が雰囲気を感じれる人なんだけど、うわーー分かられてるーと思って。なんかビックリしちゃった。ここで言う好みといのは恋愛とか抜きにしろ含むにしろの好きな人物に対してのもの。
疲れが抜けなくて嫌。皮膚も肉も骨も全てが再生されたいのだが。