液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

qyu2005-09-24

昨日はみっちゃんとあっちゃんとで、もうかなり随分前から公開を心待ちしていたメゾン・ド・ヒミコを見に行ってきた。まず最初にガーデンシネマにチケットを買いに行き整理番号をもらっておき、そこから中津のカンテへ。梅田から歩いても15分くらいということだから、歩いて行ってみようと。今までは御堂筋線の中津からしか行ったことなかったから、ちゃんと辿り着けるか少し不安だったが。が、わりとすんなり行けたので良かった。みっちゃんもあっちゃんも既に随分カンテを気に入ってくれているようなので良かったなぁ。私も大好き。あの周辺の景色がまた凄く好き。チキンカレーにドリンクとケーキのセットを頼んだ。カレー食べたかったんだよ。ドリンクはアイス・チャイにしてケーキはさつまいものバターケーキ。さつまいもがめちゃめちゃ美味しくて一足お先に紅葉が目に見えたような気分を味わった。ふやあああ。奥の部屋の他の周りのテーブルよりも明らかに低いテーブルと椅子の席がまたちょっとおもしろくて楽しかった。
それからまた梅田へ戻りながら途中色々立ち寄って。丸ビルでタワレコへまず行き、青木タイセイさんのアルバムが欲しかったんだが、なかった…。しょんぼり。なんば店行った方があるのかなぁ。梅田店の作りってなんかタイプじゃない。でも雑誌類がわんさかしてるのはいいかな。それから下のパン・カンテでミニクロワッサン一袋とラスクを購入。細く長い幸せを。くろわっさんふぁん。
そして少し急ぎ足でガーデンシネマへ戻った。ここは駅から遠いところが不便であり、味だ。17時10分からの回は、見事に満席になっていたのであった。ここでそんな状況に遭遇するのは初めてで、新鮮な図だった。



さて感想。見てすぐの感想は、どうなんだろう?というスッキリしないものであった。難しいというか、よくわからないというか、答えを出しにくいようなもの。率直な感想を言えば、私は疑問を沢山投げかけてしまうような状態。しかしこの映画はそれを必要としていないものを描いたもののようでもある。でも私は疑問を持つ。どちらが正しいとかではないだろうけど、どちらに頷くべきか。ううーーん。かと言って悪かったわけでは全くなくて。むしろ良かったと思う点はいくつもあった。とても印象的な映画。人、台詞、音楽、衣装、美術、風景、どれもが確実に自分の内に残されている。だからこそこんなにこの映画に対して悩む自分がいるのだ。


決定的に良かったと思える点がまず2つある。一つは音楽。一つは若くて美しい男をやり遂げたオダギリジョーの美しさ。他にも細かい点をあげればいくつもある。
まず全編の中で3.4回訪れた(と思う)、オダギリジョー含むゲイの人たち5.6人の配置の構図の良さはとてもツボを掴まれてくるものがあった。あの配置はとても意図的だと思うのだけど、だからこそうっわやるなー!と興奮を覚えてしまう具合だった。写真みたいだったんだ。
あとスイカの色のシーン、私は思わず笑ってしまった。割るという行為を予測させ、同時にそれは色を連想させている。がしかし、そこに出てきた色は予想外のものであった。好きだなぁあんな演出。色彩というものがこの映画ではとても引き立っているから余計、あぁなんかニクイなぁ。
美術さんの仕事は凄く好きだな。そこに惹きこまれたものは強い。
役者はみんな良かったなー。見ててみんなすごい楽しかった。
田中泯のベッドで横たわっている時の首の数本のシワの美しさは驚きと感動でいっぱいになった。まるで縄文土器の縄跡?のようにとても美しかった。終始神秘的なようなオーラをまとっている中、あの皮膚のシワがリアルに浮かび上がって見えた。 広い白い美しい空間の中に置かれた様々なアンティークのような家具たちに囲まれながら、それに決して劣らない凛とした体から発される存在感の強さは圧倒的だった。
柴咲コウはわりと好きなのだが、この人はどうしても強気な女のコ、という似たような役が多いのかなぁ。なーんか見てて思わずフジテレビのドラマとかTBSのドラマとかの役柄思い出しちゃう感じだったから、誰が悪いわけでもなくそこにもったいなさを感じもした。しかし強気で様々な感情がメリハリ良く出てくるのにはやられてしまう。かわいい。微妙な中間的な表情がまたいい。やっぱり顔が凄く小さくて、顔がいいよなー、生まれつきのパーツが素晴らしいんじゃないかと。なんかこの人の演技って癖を感じるような。エプロンがかわいかった。

音楽はどれも波がやわらかく立つように鳴り響いて、音楽の鳴りによって映像という手にすることの出来ないものとスクリーンという手にすることの出来る「もの」との境を打ち消して、その目の前にある世界が胸の中にすぅー…っと白い煙になって吸い込まれていくようだった。思わず音楽聴きこむ為に目閉じそうになっちゃったり。でもそれはだめだと思ってやめたけど。一応見ることが先だから。んーでももっと聴きたかったな…なんて。新しいシーンなり新しい音楽の音が聴こえ始める度に胸がドキっとした。私にとって映像、色彩が印象的に飛び込んでくるこの映画にはこの音楽がとてもすんなり寄り添うように入ってきた。細野さんでよかった。 サントラCDが結構本気でほしい。今こうやって書いている最中もずっと、オフィシャルサイトを開いて、音楽をずっと流している。

オダギリジョーは美しい美しい。美しさを感じることのない人もいるかもしれない、が、私は相当の美しさを感じた。それはこの役を演じているからこその美しさで、他の画面を見ていて彼をそこまで特別美しいという言葉に例えることはないように思う。なぜこの映画では美しいのか。色んな要素が集まった末にはこうもなるのかと驚く。様々なシャツに細身のパンツ、そしてぺたんこなサンダル。そのどの衣装も見事に着こなしている様はほんとうに美しくて、美しすぎてかっこいいなどと夢見る余地は感じることもなかった。さらっとフリルの付いた白いシャツ、クリーム色の上下のスーツ、青のパンツ、どれも良かった。


監督の犬堂一心とかの話見てみると、やっぱり私が色々と気にしすぎな点が多いというか、そう見るべきではないということなのかもしれない。犬堂一心が描き、言う言葉にどうも同意出来ないというか、納得出来ない。そうゆう場合、自分の好みでないからと言ってそれを疑問に持つのか、それとも監督の意図に沿うべきなのか、それともまた違う考え方か。製作者側の意図に気づけない、分かれないということは、一体どうゆうことになるのか。うーーーん…
というのが、数時間前までの思いだったけど、ネット上で色んな人の話見てたらなんかやっと雲が切れたかも。私の中では沙織と春彦との関係、沙織と細川との関係がいまいちよくわかりにくかった。卑弥呼と沙織、卑弥呼と春彦の関係は掴めても(でも卑弥呼と春彦の関係はもっと詳しくほしかったかなぁ)。沙織と春彦の関係は、お互いに惹かれあえて理解しあえるけど、体では交われなかった。沙織と細川は逆で、愛し合うわけでも理解しあうわけでもないけど、体では簡単に交われる。沙織と春彦の関係は沙織と卑弥呼との関係にも繋がるのかなぁ。どうだろうかなぁ。一番切なさを奪われるのは、春彦の気持ちかな。
しかし全体的に端的に描かれていて、そうなった時やっぱり春彦と卑弥呼の関係がもっとほしかったかなーと思ったり。春彦と卑弥呼の関係、を見る沙織の気持ちなんかもよくわかんなかったかな。何か物足りなさも感じるような、十分なような、よくわからないような、よかったような、、、そんな映画…。もっかい見てみたいかもなぁ。