液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

気持ち悪いきもちわるい。ああついに狂ったわ。まひまひ。

帰ってきて食べたものは、三方六を4切れ(北海道のお菓子で有名な。バームクーヘンにホワイトチョコとチョコの層?がかかっている)、大豆チョコを30粒くらい、kiriのクリームチーズ2つと4個で百円のクリームチーズを1つ、冷凍しておいた1/2程度量のカボチャのシチュー、1/8切れのカボチャ(を焼いて塩コショウ)、リンゴ1個、カリフラワー(5,6切れ分くらい)、ハッピーターン小さい袋を2袋、ドーナツ1個、これくらいかなあ。まだなんか食べたっけかな、どうだったかな。

くるしい、きもちわるい、なのに何か口に入れていないといられない。もう、無意識。三方六とか、1切れはそんなに大きくないんだけど、やっぱりみっしりつまってるバームクーヘンなわけで、おもい。そしてkiriのクリームチーズ食べて、って汚い食い方だわ。全部で2時間くらいかけて食べ続けた。ああこわかった。これだけ暴食したのははじめて。自分でも食べながらああこれこそが暴食かぁと思った。

おへーおえー全部出したい。出ないけど。体重増えたら嫌だなぁ。口の中の上の皮はもちろんやぶけてる。そしてやぶけてとれて今はもうスッキリ。ほうじ茶いれて、なんとか。それでもまだ気持ち悪い。もういやこのからだ見たくもない。



先生に言われた言葉が、じわじわと自分の中に広がっていった。授業中なのに(演習の授業と言うのは幸いであったけど、演習の授業中だからこそ言われたわけで)、すきな人と同じ授業なのに、自分の中であっちこっちの引き出しが開いてきてしまって、なみだこらえきれなくなってきてしまって、気持ち悪いからと言って外へ出た。
先生、という立場の人から言われるということは、やっぱり私には意味が大きい。私は学校というものも先生というものも、遮断した。軽蔑すらしない、関係のないものとみなした。でも今の大学は好きだし、好きな先生も多い。今日の先生も一回生のころから仲良くしてもらっている先生。べつに先生はなんも悪くない。先生は本当のことを言ったまでだ。真実を言っただけ。
でもそれは、私にとって、授業前から考え事をして頭の中が重くなっていた私にとって、得意な悪い想像力を働かせるキッカケとなってしまった。自分の想像力の豊かさは、=自分が考えたことが全て、それが真実と思い込んでやまない。自分でもわからないほどに、私はひとつこうだと思い込んだら、ひたすらそれを真実とみなし、自分以外の意見を聞き入れない。それが私のやり方。キッカケの一言は私が悪い。いや私はそんなつもりはほとんどなかったのだけど。でもそう見られたのだから、それが真実で、きっと受け止めるべきことで、だから何も悪くない。自分が悪いだけ。
私にはソレが足りない?ソレが足りなかった?ソレが足りていれば普通に小学校に満足に通って、ピアノもつづけて、部活もつづけて、塾もやめず、ちゃんと勉強して、まともな高校に行って、中退なんてすることもなくて、沢山の時間と迷惑と苦悩とお金をかけずにすんで、もっとちゃんと、ちゃんとしたいい娘で、人でいられたの?ソレがない、それはなにもないということを言っているようでもあった。それなのに、のうのうと今までここまで生きてきてしまっているの?と。

せっかく自分が落ち着ける場所を見つけられたと思っていたのに、みんな、うるさいんだ。それは私が幼稚で生意気で履き違えた考え・行動をしているというのをあらわしているのかもしれない。それでも、そんなこと今の私にはわからないし、そうすることでしか自分を置けない自分が今の自分で、自分でもまるでわからなくて、なのにほとんどの人は、当たり前のことを当たり前に言ってくるばかりで、私にはそれがとてもうるさくて、責められている気分になった。それではじゃあいなくなればいいのか。むしろ、そうだと言っているということなのか。