液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

α sweetⅡ

22日の木曜日は大学の卒業式だった。それは風景が変わる出来事だと感じた。変わらない風景の中に、変わる風景が出来上がってしまうのだと思った。最初はそれをどう自分の中でも対応して処理すればいいのかわからなかった。初めてのものへの、不思議な感覚が、妙な具合に漂うばかりであった。そして帰り際にやっと少しながらの処理がつくと、ただただそれへの喪失感ばかりが募っていった。
私にとってのひとつは、すべてである。ひとつはひとつになりきれない。すべてが、ひとつひとつひとつ。その喪失感は拭わなければならないと思っていた。自分なりのこころで受け止め、そこからも私は進んでいかなくちゃならない、いこうと思っていた。だから先輩たちに淋しいだなんて言ったり、涙を流したりなんかしないと軽くこころの中では決めていた。ま、それは無理だったが。
でも、大好きで憧れで金魚のふんみたいに後ろをくっついて歩くのが好きだったkさんには、私が私であることを、最後に刻み付けて見せたかった。それのための何かの行為があったわけじゃないし、kさんの前で結局泣いてふがーとかぬがーとか言って結局「近いんやし、すぐ会えるって」といつもの言葉を言われてしまったし。近づきたくても近づけないような近づいちゃいけないんじゃないかと思わせられる人だった。なんでこの人は私に話しかけるのか、なんでこの人は人にとても優しいんだろうか、ずっと疑問だった。それらの疑問は解けたわけじゃない。完璧に解けるものでもないだろう。ただ少しだけこの人に近づけるようになった。大好きなkさん。そして大好きなjさん。2人の画が本当に大好きだった。その2人には悩みに悩んでプレゼントを選んで購入 in 原美術館。メッセージカードもそれぞれらしいものを選んで、下書きもして内容を考えて書いたものを添えて。そして前日にスノーボールクッキーを大量に作り、2個ずつに包み、知り合いの先輩方に配りまくった。20個は用意していたはずだけど、あげ忘れた人がちらほらいる気が…。好評で、ほっとした。
自分のカメラと、先輩方のカメラとをあわせたら、確実に50回以上シャッターを切った日であろう。喋ったことのない先輩たちにもシャッター頼まれたり。何度も卒業おめでとうございますって言った。本当に、おめでとうございます。


ひとりの不安に耐えられなくて、痙攣に我慢できなくて、今宵、はじめての4列シート夜行バスで実家へ帰ります。ぶひ。残りのわずかな春休み、読書と計画立てに費やしたいことと思います。