液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

α sweet?



昨日わかった重要なことと言えば、同じゼミのTさんと、S助教授は、おんなじ性質を持ち備えたやつらであるということである。しかも昨日はちょうどたまたま、まず最初にTさんに、その後お邪魔したSゼミにてS先生に、人の気持ちをぜんぜん考えとらん侮辱的発言を受けた。前々からそれぞれには受けていたが、同日、近い時間に言われたときにゃ、うあああ〜先生ってばTさんとすごい似てるんだあ〜!!!と叫ばずにいられなかった。関係ないゼミに勝手に入り込んでおきながら。でも、そうしたらMもうんそうだよねと言っていたので、間違いない。あやつらは、とんだサディストだ。サギ師でもいい、なんでもいい。とりあえず、私がどんだけ傷つくかわかっとらん本当に最低なおとこたちだわ。だいきらいなんだから。むかつくったらありゃしない。でも私はえらいからそんなの頑張って無視してこらえて、K先生やO先生にぐちってなぐさめてもらうの。もうそれでいい。ばかめが…。あの人たちに言うことに正しさはいっぱいあるだろう、きっと。でも、世の中あの人たちが言うことだけが全てじゃないと思うもの。全てが真理なんかじゃない。私はあの人たちとは違う。



午前中に先生と2人きりで作業している時(無駄な邪魔な声がなくて至福)、唐突になぜキリストはユダに裏切られ処刑されることになったのかその直接の原因はなんなんですか?と聞いたところ、えーと、詳しいことはなんだったけかなぁとわざわざ調べてもらってしまった。自分で調べろよって話なのに。しかし最近思うに色んな名前が混ざりすぎて頭が大変なことになってきている気がする。しかし4年になって改めて思う。宗教って大切だな、と。おそいなぁ、きづくのおそいなぁ、いつもおそい。精神分析学のことに気づくのももっと早く気づくべきだった。更に言えば哲学等に気づくのももっと早ければよかった。まぁそれが道というものか。現象学の本を買って読むもなかなかそう早々とは読み進められなくて、そこにゼミ先生からおススメ本を教えてもらいそれを読み始めてしまっている。それがジャック・デリダの本なのだが、あらどうやらデリダってフッサールと関係していたのね。まぁそれじゃあいいか。しかしデリダという人はこれまた、すごい人だなあ…。フッサールもなんでそこまで突き詰められるんだ…と感心してしまうものだが、ああほんと、哲学者やら思想家やらって、すごいこと考えるなあ。おもしろいけど。