液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

おさがりの茶色いカーディガン



3週間前くらいからずっと頭痛がある。腹痛の方は治まったのに、ここ3日くらい締め付けられるような頭痛がひどくした。寝ても治らない。そんな頭痛にさえ苛立ちをぶつけてしまう自分はなんて小さいんだろうと思う。頭痛が嫌。嫌い。どうして頭痛がするのか。どうして頭痛がしなくてはならないのか。嫌だ嫌だ嫌だそればかり。
人はどうして分かり合えないのだろう。分かり合えないって分かってるのに、決め付けているのに、本当はわかってくれる人を探してる。でも最初からそれはなしにしてる。いつからかは分からない。人は信じないし頼らない。最終的にはそうゆうことにする。それが良いか悪いかは関係なくて、私はそうやって出来ている。そんな人間と誰が関わるものだろうか。昔からいつもそうなんじゃないかと繋げて考えてしまう。昔から自分から人を遮断してるから、だから友達というものに実感がなかった。誰も私には近寄らなくなった。それは私から遮断しているから、結局。あの頃と現在とが重なってしまう。私のコレはなんだろうか。トラウマというものに当てはめられるのだろうか。それは外部からでないとわからない。私にはわからない。もし当てはまったとしてそれがなんだというだろうか。どうしたらいいのか分からない。
愛想笑いの私。汚い。私は自殺を否定していない。いとこの自殺も否定していない。周りがいくら否定しても、私は心の中でそれを否定している。でもやっぱりそんな考え一般では通じるわけがないのかな。こんな考え、悪いものなのかな。でもそれを信じてしまっている私は、それじゃあどうしたらいいのだろう。わからなくなる。
外に出られなくなることは今までにだって何度もある。また同じことの繰り返し。3日も5日も1週間も同じ。それでも私は生きている。どれだけ死を望んだって、死にはならない。生きている限りはきっと永遠に毎日死を望む。望んでいない方がおかしい。そんな人間は非難されるだろうか。私は死ななくてはいけないのに。私に大いなるうらみを抱いて私を殺してくれる人を待ち望むしかないのだろうか。今月だけで2階も死ねなかった。チャンスはいくらでもあったのに。小学生の頃から、何度でも。死のうと思ったその時になぜ死ななかったのだろうかと責め続ける機会が重なっていくだけ。どれだけ謝っても私が生きていることは許されないと信じている。
こんな思想、くだらない。