液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない



母に「しゃべりなさい」と言われる。そういわれてしまうほどに私は時に声を出さなくなる。はじめのうちは問答に関しては声を出すようにしているはずが、いつのまにかそれらに関してもまったく口を使わずにいるようになっている。さらに進めたこちらかあちらかという問に対して重苦しい坊主の頭を全体におろすことはしている。もしくは横に傾ける。まあるいものが動いているのだろうと思うと見えないからこそ余計に可笑しく想像をする。

久しぶりに行った医者では何も話すべきことはなかった。私はただ薬といった無駄なお金を使いたくないということを言った。これに対して医者は云々を言っていたが、いくらそれが筋を通っていようとも私には係わり合いの出来ぬことであり関係ない筋道としか受け入れられなかった。私の中にある理論にそれはまったく関係がなかった。見る必要すらないものであると判断できた。しかし医者はやわでなく強い人であった。言っていることは誠実であった。私はただ遠くを見ていた。誰とも目を交わさなかった。それが意識なのか無意識なのかわからないほどになにかにみっちりとコントロールされ動いているのだと思った。

2週間分の薬、14錠をいっぺんに飲んだ。翌日猛烈な体の重み、気だるさに襲われて、いくら寝てもはなれず、夜中まで続いたのでまいった。母がそのことを知るとなぜそんなことをしたのかと問うた。医者と私へのあてつけかと聞いてきた。私はその発言に驚いた。私はそんなことまるで頭になくして飲んでいたのだから、そんな考えが生まれえるのだということに少し感動をさえした。しかし母のその発言の仕様はよくもそんな馬鹿にするようなことをしてくれるものだと言わんばかりのものと受け取れた。ああ私はまたしても繰り返されるように彼女を傷つけているのだなとわかった。もうしないようにと心がければがけるほど、それは全く作用していかない。そうゆうものか。母とは偉大なる脅威かなにか。

いやいっぺんに薬を飲んでみたのはただの好奇心からなだけで、飲んだところでどうせなにも変わらないだろうと思った、その薬の無意味さを体現したかったんだと思うんだが。心療内科でもらう薬はだからいやなのだ。それが効いているのかなんなのか、まるでよくわからないということ。だいたいこころというものが目に見えず手にもとれず自分にも他者にも隠れているものなのに、どうしてそれが薬というものでなおるなおらないと片づけられるだろうか。なんかそこのところがものすごく腹立たしくてむかむかするのである。薬というこれを飲めばなおるという暗示の効果もあるかもしれない、憂鬱も溌剌も偶然かなにかかもしれない、とりあえずすべて信用ならざるこころに対して、なおすなおさないという概念自体がどうも受け入れがたいのかもしれない。なおす、といったようなことの大切さはわかるし、過程も信じられるけれど、そこに介入する薬というものにたいしては偏見をしているのだと思う。



最近は夏目漱石にはまったのでぞくぞくと読む。家にあった『こころ』をかわきりに(これはいかにも古書らしい色とにおいを持っていた)、『行人』、『彼岸過迄』をまず読んだ。こころを読んで、ああこれと似た感じのものが読みたいと本屋へ行って行人を買ってそのあとにウィキペディアで調べたらこれは後期三部作といわれるものの二部作目で、どうやらちょうど逆行しているらしいことがわかった。なので三部作の一部作目にあたる彼岸過迄を最後に読んだ。ここまできて、ふうむ、こころは別格にすばらしすぎるとして、行人が好きだなぁと思った。つぎに、『虞美人草』を読んだ。ここれは、とても読みにくくて大変だった。色々なわかりづらいものが挿入されている作品であった。注釈の多さも半端なかったが、いかにそうゆう部分をしがみついて読み進めるかが読みがいともなった。話の内容はなかなか好きであった。じゃあ次はということで、前期三部作といわれている『三四郎』、『それから』、『門』をいっぺんに購入した。門をよみおえて、あれ?あれ、またやってしまったらしい。私はバックカバーに書かれていた、三四郎、それからに続く三部作…という文章を、まず門、それから三四郎、それからそれからに続くという意味にとったのだがそれはまったくの間違いで、三四郎、それからにつづくのが門であった。またしても逆行していた。まあここで戻るのもしょうがないということで、門をおえてそれからに行き、今は三四郎を読むに至る。『それから』は衝撃的であった。終りが衝撃的であると同時に、後半から突如動き出す主人公のこころ及びそれに伴う行動さが、今まで読んできた主人公にはないようなものに見えたので、こんな動きをする人物も書いていたのかと驚いた。しかしこの主人公はなかなか好きだ。それにしてもどの作品にも神経衰弱の人間が出てくるのだな。読んでいて一体夏目漱石の苦悩とはどんだけのもの、なにがあったのだろうかと思う。とちゅうで『こころ』を再読したが、特に好きな場面は先生と私が散歩に行って先生が激昂する場面をつづったあたりだと思った。はて、あと途中どこかでアルベール・カミュの『異邦人』を読んだ。描写にじりじりと焼けた。なんだかものすごい面白さがあった。わくわくをする。スパンク・ハッピーの大好きな曲バカンス・ノワール48℃はこの作品から影響をうけているとたしか聞いた。この曲の歌詞が大好きな私は、うへええええええとうれしくなるようなならないようなかんけいないような。そしてこころの表紙絵はなんどみててもおもしろい。



異邦人 (新潮文庫)VENDOME,LA SICK KAISEKIこころ (新潮文庫)