液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

ここ二日ほど、夜、ものすごいうなされている。うーんうーんううーーーーんとぐいんぐいんに全方向から重力にひっぱられてるような感じを感じられている脳があるにも関わらず、目は目覚めない。そうゆう点で少し金縛りに似ているけど、金縛りとはまた違う。うーんうーんとなっている状況を、まるで外から見ている風に感じてはいるが、実際どんなだかはもちろん眠っているのでわからない。むしろ本当にそれは眠っているのかどうかも分からない。ただ、目覚めた時の疲労感と言ったらなんじゃこりゃ。瞼は重いわ肩も頭もどろどろと重い。普段、朝はすぐにしゃきっと起きれる私にとって、こんな苦痛にはまいる。うなされる、ということをこんなにも重く体験するのは初めてのような。はっと気付けばそういえばうっかり抜け落ちたかのように薬を飲むのを忘れていた。3種のうち、夜は3種とも飲まねばならないが、すっかりそれを忘れていた。だからこんなにもうなされるのか?それともはたまた偶然か?わからない。こうゆう感じになるところが薬のきらいなところである。



11日から2泊3日で大阪へ行って来たのでそのことについて。今回は学生の時からお世話になってる先生及び先輩が運営するちいさなちいさなギャラリーでのグループ展に作品を出すために、それの設置のために行ったが、2泊もするのは友達と遊ぶためでもある。
まず11日は朝、昼バスで大阪へ向かい、着いたのは17時頃。それから地下鉄に乗って市内にあるギャラリーへ荷物および作品を詰め込んだかばんをごろごろさせながら向かった。久しぶりに来たのに、ぜんぜんそんな気もしない。時間の流れなんて考えこむほどのものなどではないんじゃないかって、思わされる。着くと、同じく出品者でもあるs君とギャラリー運営者のNさんがいた。あれ?同じく出品者であるO先生はいないのかなと思っていたら、いたので驚く。髪の毛が短くなっていた。その場を見たかった。先生には年賀状も出して返事も貰っていたし、とはいえいつだって先生とははじめは照れくさいような感じがあって、でも去年の秋の時のように自分が恥でたまらなくて顔を出せないなんてことは消えうせていて、昔みたいにいつものように先生とおしゃべりする雰囲気になれている自分が自然とあった。やっぱり私は先生だいすきなんです。先生に会えてうれしい。
おしゃべりしつつも自分の作品を設置。途中、っがーん、なこともありつつも、それはすぐに補正できたので良かった。先生やs君にぱらぱらと自分の作品を見られる。べつにお互いの作品にあまり感想などでない。お互いに見ている。今回の自分の作品はここに持って来るまで自分でしか見てなくて、誰にもなんにも知られてなくて見られてなくて言われてなくて、はたしてどう人にうけとられるものかっていうところでは興味がある。しかしその前に自分の中でずっとどうにか形にしたいと思っていたものが、いいタイミングで、しかもちゃんとそのタイミングに意味をもってなして形にできたことが私自身まんぞくしているから、人に感じとられるまえに、まず自分で安心感がある。だから、きっとそれは先生や親しい人たちにはなんか通じているのではないかと思いたい。まあ本音言えば、先生にははっきりとした感想を聞きたかったのだけど。でもはっきりもなにもないかな、とも思って。
20時頃にはすべてを終えて、4人で、以前にも行ったことのある、カウンターのみの、ふっるいかんじのいい雰囲気を醸し出している焼鳥屋さんへ飲みに行く。おばちゃんは相変わらずすごい元気で大阪を感じる。まずはみんなでビール。先生が遠路はるばる…と言ってくれる。そっから23時過ぎまで飲んでいたのだが、何を話していたかな…。いろいろなこと。先生に聞きたいことは聞けたのでよかった。私にとってまだまだ制作するということは謎に満ちていて、それはたとえば自信がないとかいうことにもなる。自分の方法がわからないとかでもある。ただそこには人それぞれというものがあるんだってことを、先生の口から聞くと簡単にすっとのみこめるのだからなんて透明に透き通っているんだろうと思う。そして改めて人間の創造行為とは人それぞれなものがあるんだと思うと、おもしろすぎるなと思う。先生は相変わらず湯水のようにお酒を体内に入れていくのだから。
さてじゃあ帰るか、ってなったとき、先生のコートを「ふわふわなんだな」と言って触ったら、いつのまにか頭にデコピンをくらった、先生から。うあああああ、きたあ………(%&’&$%&#(&$&’&’))と思った。先生は酔うと、男子にはプロレス技が特に発揮されるが(平常時にも)、私はそうゆうのを見てて自分はつくづく女なのだなあと思い知らされてへこんだりしてきてて、でもそれがついに4回生のおわりころから、こう簡易な接触がなされるようになってきて、私はこれをいいでしょいいでしょーーとみんなに自慢したくなるほどにうれしいうれしいと思っている。また、その時の私は嬉しいのと少々のぱにっくとで、本気の素みたいになっちゃって、よくわからなくなり、とても素に軽く戸惑うので、それを出さないようおちゃらけるのがせいいっぱい。先生はきっと私のこんな気持ちを知らない。いやそりゃ知る訳ない。言っておくがべつにこれは恋なんぞしているわけではなく、尊敬と人間としての好きさ加減みたいなもののあらわれである。ただ大好きなのである。先生に集まる学生は、みんな先生だいすきオーラをはなっているものなのだ。見てればわかる。
駅での別れ際にも先生が変な仕草をしてみせるので(よっている)、あわててそれに応えるような感じ。ああ、むかしだったら一緒に同じ電車乗って、一緒の駅で降りたのになあ…。もう違うのだ。そう違う。
それから友達のみっちゃん家へむかう。ややハイテンションで走る。23時過ぎにあがりこませてもらい、おしゃべりしながらも湯船にも入らせてもらって一日のつかれで一気にねむりについた。お酒も入っていたせいか、不思議な時間だった記憶としてのこっている。どんだけ何の話をしていつころ寝たのかわからないが、すぐすぐに寝入ったらしい。


12日は9時半頃に起床。朝にバナナとコーヒー。コーヒーのみながら毛布かぶってる状態をしてみっちゃんに、「ねえねえこれってキキみたいだよね」なんて言ったら「きゅ-ちゃんそれ言うのもう3回目くらいだよ」とおもいっきしの感で言われる。がーん、全然覚えてないんだが。まあ私ジブリで一番好きなのはキキだしね、しょうがない。なぜかだらだらして支度をして中津へと出かける。中津のカンテ・グランデへ。

頼んだのはサブジという野菜の煮込み料理というのと(2人でとりわけ)、カバブ定食(飲み物はホットチャイ)。サブジ、はじめて注文したけどすごくおいしかった!野菜ってか、メインはじゃがいもなんだけど、スパイシーな辛みがあって、ほくほくしてて、じゃがいもだけじゃないうまみが感じられた。頼んでよかったー。サブジ定食ももちろん美味しくて、食べてる途中に何度ももっとたべたいなーとかぼにゃり思っていた。カンテは大阪に住んでる間、三番街やマルビル、パン・カンテも利用したけど、中津店の広くて高い空間ののうみつーなゆるさにはまたここに行こう、ここがいいよね、という自然にたちのぼってくるかほりのような思いがある。すぐになじめる感じもいい。18のとき、るびさんに連れてきてもらってそれからみっちゃんを連れてくようになったりして、未だにるびさんとはカンテの話でもりあがる。大阪にもお店はいくつあれども、味だけでなく断然に選んでしまうお店。座った席のすぐ近くには、シロの写真も飾ってあった。でもぜんぜん遭遇はしない。

結構長居をして、お土産にとアクセサリーも購入して、それから歩いて梅田の方へ。LOFTなどでぶらぶらし、天王寺でお茶をして、ちょっと離れたスーパーで鍋の買い物をして、すごく強風の中スーパー袋をぶらさげて歩いて帰った。なんかたのしかった。みっちゃんは寒いのとか、歩くのとか、走るのとかがそんな苦にならない人で、そうゆうとこでウマがあうから行動を共有できることがあるんじゃないかなと思う。無駄に突然走りだすのでもつきあえるということ。
みっちゃん家のテレビは壊れているから、ふだんがんがんにnhkなどを見ている環境とは異なるが、それはそれでもぜんぜんなんてことがない。でもやっぱnhkはおもしろいよねということ。鍋をつつく。たっぷりのエノキを買ったため、食べなきゃ食べなきゃと思ってエノキばかり頬張った。もつ鍋を思い出す。とにかくあっという間に頬張り終える。その後は突然youtubeで嵐のtruthという曲のPVがかっこいいってんではまってみまくる。そんな2日目もあっという間にすぎた。

そして13日の朝、みっちゃんとわかれ、またもや昼バスで新宿へむかう。途中、強い雪を見た。いつもよくこういうふうに、大阪―東京間で雪を見るという事がある。18時頃につき、仕事終りの母と待ち合わあわせをして帰宅。つかれた。朝バナナをもらったきりだったから、勢いよく夜ごはんはたべた。アグリー・ベティ2を見る前に眠ってしまった。





今回の作品は一応テーマとして「流れる」と定められていたのだが、それを提示された瞬間、あれを出すのは今だ、とわかったかんじで、完全なる一致というわけではないけれど、自分の中で突然言われた言葉ながらも全然関係ない言葉でなかったことはいろいろな運の繋がりを感じる。



2年前の数か月、私はお風呂場に入って髪の毛を洗う際に自分の手に絡みついた髪の毛を集めていた。なぜかというと、それらがなんとも不思議に思えていた存在だから。ついさっきまで私として表していたものが、するすると私じゃなくなっていくように消えていく、なくなっていく、私じゃなくなるというのだから、不思議なものだと、絡みついたそれを見てしみじみ感じるものがあった。なので、毎日日付とともにノートに髪の毛を挟んでいって保存していくことにした、とりあえず。それは5ヶ月くらいで終息していき、その数ヶ月後私は自分でそれまで肩下まであった髪の毛をショートカットへとして、その数ヶ月後には坊主みたいなことにして、その後ほんとに坊主みたいにして、それからしばらくは伸びては坊主っぽくして、そんでつい最近になってようやくやっとまた手に髪の毛が絡まる、とまでいわずもがな髪の毛を洗っていると手に髪がついていた。それはやはり私の目にとまった。その瞬間わたしは、髪の毛が帰ってきたと思った。
私が記録し、保存していた髪の毛とは、本来流れていくはずだったもの。しかしそれを私はひきとめた、それが私を引き止めさせた。流れゆくものの中で流れることをとどまったもの。それは2年も封印されていた。そしていつしか私には手に絡まるものがなくなり、以前まで持っていた気持ちのようなものを失っていた。しかし今というときによって、2年の歳月を経て、それが思い出される時がやってきて、それはようやく2年前の意味がわかったような感じでもある。2年前はいったいなんで毎日集めてるものか自分でも全くわからなかった。だからそのままほおっておいた。意味がないものではないけど、きちんとした意味が分からなかった。今になって、髪の毛が帰って来たとわかって(観念的にということで)、意味が確立されたというのでもないけれど。過去と現在とがつながるってんでもないけれど、一本の筋のようになったとは思った。
また、保存していた髪の毛は長さが肩下まであった時期のものであり、また量ゆえに本数もおおいため、それが一ページに集っていると、結構いいかんじにきれいな線描に見えたりもするのだ。しかもしっかり日にちとしての量があるから、見ごたえもある(と思う)。汚くならないよう見せる事には気をつけた。どうなんだろうな。
大阪市内にある場所なので、もし詳しく知りたいという方はメールをくださればお教えします。まあたぶんないっておもってはいるんですがここまで書いた責任上ここまで言ってみました。