液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

なんとなくいつ頃からか母の日とか誕生日とかの類にみょうに圧迫感を感じるようになってきた。そこには感謝の気持ちを表さなきゃいけないという強制感を強く感じてしまうし、それは強迫的に襲いかかってくる感じがある。こうゆうのも自分にすごく負い目があるからなんだろうなあとはうかがえる。良い子供の像を示さねばならない、自慢できるような事柄を作り出してあげなきゃいけない、というよなものが追いたててくる。結局感謝しようという気持ちではなく、しなくちゃいけない、わかりやすい形、もので示さなきゃいけない、一般的にいいとされることをすることで自分の地位を保とうとしている、自分まもりになっている。そうやってしなくちゃ見捨てられるおそれがある。そうやっておけば、いい子として繋ぎとめられる要素になるかもしれない。排除されるか、愛されるか、どちらにも確信はなく、実体感がなく、ただどちらにも共通する元としてそわそわとした恐怖感がある。ただでさえ社会から外れているのにもはや何をしてもどうしようもないはずなのに、それでも潔くすべてを見切ることもできなくて、自分からうまくつなげることもできないのに断ち切られることには恐怖を抱いて必死にそこを保とうとして、む、なにがなんだかわからなくなってきた。数分間停止してしまってた。


まあそんなわけで今年はどうしたものかと何日も前からグーで臓器の辺りをぐるぐるまさぐられてる感触を覚えながら、はじめてのシフォンケーキを作ってみた。レモンシフォンケーキ。シフォンケーキは難しい、というイメージがあったから緊張して慎重に作った。まあちゃんとほわほわにできた気がする。この日が終わるとほっとする。



私はすごく強くつよく負い目をもっている。そのことはもう終わったことだけれど、私はずうっとそれを維持している。その時の自分の選択、行動は間違っていて、それはすべきでなかったと今でもそれを容認することに譲れないでいる。もう7年も前のことになる。それからずうっとそのことが私の中で生きている。どうやったって死んだりしない。死ぬなんてない。それがあるから私は私を肯定しない。きっとそれは時がたてばたっていくほど強固さを増す。どんどん上塗りが重ねられていって頑丈さを更新していく。何にも負けなくなっていく。どんな価値観もそれの前ではねじりふせられる。

その時のことが決定的であやふやということに最近気がついた。出来事としての直線的な決定感はとてもハッキリとしていて強いのに(100人くらいの首を切ってもまだ鋭さが衰えない斬首機みたいなかんじ)、その具体的中身が自分でもぜんぜん言葉にならないし、てのひらに持ち上げようとしてもその瞬間から雲をもったみたいにこぼれおちていく。雲みたいにそのものがまずあやふやで想像的で、そしてそれさえも掴めない。あやふやなのに、それは私の中で何よりも意味を持っているという。それはなんとなく前からうすうすは感じていたと思う。でも言葉になってないことを言葉で認識してないからそれは特になんでもない。中身はイメージであふれている。穏やかに雲が空を流れてるみたいにしていくつかのイメージが空を漂っていて私はいつのまにか時々それを選びとって気づくとそのイメージが再生されている。そのイメージは私のイメージだから私がどこかで加減を加えたりしているだろうし、またそこには生々しい私の感情も付属している。その時のことを、その時の感情をそのまま体験することはできるけど、言葉にすることができない。いまだに出来ない、わからない。わかってあげられない。

そうやってきたのがよくなかったかもしれない。自分で自分を理解できてなかった。自分のことを全然知らなかった。その時の自分を思い出しても、なにをしてるんだかよくわからない飛び方をしているように見えるモンシロチョウみたいにひらひらとふわふわと盲目のようにただ飛んでるだけに見える。そこにはまったくなにもない。ただ情景があって、自分がある。自分の目が捉えてるまわりの風景があって、そのときの自分の感情の感覚がある。ただそれだけ。そこには他の誰も介在しない。自分の言葉がなければ他者の言葉もない。誰も何も言わない。ただそこには充満している。

診察で前にあなたはきっとその時苦しくて悲しかったんでしょうね。そのときのことを自分で認めてあげなきゃいけないとかいうようなことを言われた。はあ、そういえばその前にカウンセリングで「じゃあそのころっていうのは自分が落ち着ける場所っていうのがなく、周りに頼れるような大人も一人もいなかったんですね」みたいなことを言われたのを思い出した。言われてみるとそうかもしれないと思う。言われるまでそんなこと考えた事もなかったし、それがどうゆうことかなんてあんまり考えたくない感じがする。私の記憶のそのころというのには、苦しいとか悲しいとかの単純な言葉さえ存在してなかった。それすら言葉でない。それよりもっともっと何段階も手前のボケボケの世界。涙はいくら流してもそれが言葉とは直結していなかった。だから私はそのころの自分が分からない。自分が分からない。涙はあっても、ただそれだけ。

そう、単純に苦しさや悲しさだったんだ、と思う。自分でそれを認識できないほどの未知なるものとしての苦しみや悲しみだったのかもしれない。そうだな、たしかにそれがなければ私は苦しさや悲しさの具体性を獲得してないかもしれない。そうそれはよくわからないものだった。べつになんだったいいんだろう。ただそれは言葉になる必要性もあるということ。でもあまりにずっと言葉として捉えてもなかったから、それを言葉で当てはめてみてもまだピンとこない。すんなり解決でき過ぎている。まだあまりにただの言葉にしか過ぎない。それはただ言葉として存在するだけの言葉にすぎない。

その当時にたしかに私には頼るような人は誰もいなかったかもしれない。親兄弟に何かを話せるわけはなかったし、気づくと学校にも友達というようなしゃべる人は一切いなくなっていた。それは突然とかではなく必然に、私はそうゆう風にしてしまう性質なんだと思う。学校の先生たちは、まったく不可解な人間たちだった。担任の先生も悪い人じゃなかったんだろうけど、学年主任の先生と一緒に意味が全く分からないことをしていた。あの人たちは何がしたかったんだろうと、単純に率直に思った。二人の先生は謝りにきた。それもよくわからなかった。何が誰が悪かったのかも考えてなかったし、ただ私はとても揺れ動いた。くだらない出来事。音楽の先生はいい先生だたっと思う。でもそれ以上の何にも私には見えなかった。友達いないの?と聞く先生がいた、知らない先生。どれもに理由はなくなっていった。どんどん白くなってった。

そうか誰か信頼というような人がいたら違ったのかもしれないと考えた。自分を話せる人。些細にどうでもいいようなことでも思春期にそうゆうものは必要で効力もあるかもしれない。でもそれはなかった。そんなの夢物語だ。私はそれでそのままここまできた。過去を変えようはない。誰のせいにもない。しいて言うなら自分のせいしかない。

だからなのかなーと考える。なんかなんか私は他の人たちがやってるような人間の関係をすることができないと感じるのは。私はどうも他の人たちと同じになれない感じがずっとしている。みんなと同じにはなれない。みんながしてるような関係の中に私は入れず、大きな輪から一人だけはみだしている感覚がずっとやまない。ああこの人たちには他にもっとちゃんとした人がいて、私はそこには及ばないすぐに捨てることのできるものなんだよなーとさらりと考えている。さらさらとした疎外感。なんでか私はそれを感じる。そうやって考えているとそれを察せられてより人は私に近づこうとはしない、踏み込もうとはしないのかなって思う。

大学生の時もずっとそれが難しかった。みんながしてるような親密な関係というようなのに私もなりたいときっと思っていたけど、それはいつも諦めるしかない気がした。みんなは既にもっていたから、私に入る余地は生まれない気がした。その時点で私はみんなと違ってしまってると感じてた。だからそうゆう振る舞いになってるのかなと考えた。だからみんな私のことを敬遠するのかなと考えた。これはまあどうしようもないことなのかなとあきらめた。でも私はどこかで悲しかった。敬遠されることはああやっぱりなと疎外感を改めて認識した。でもたぶんそれが私として認識されてるようだったし、いくらかそうゆうのを壊そうともしたけれど、持続できなかった。結局自分の怠慢さがあらわになってると思う。人は私と関わりを持とうとは思わないだろう。人は私を忘れていく。私も忘れていく。まあなんかそれは昔からそうなんだけど。自分の何が悪いんだろうなーって考えてみて、それを改めてみようと思っても、それでもやっぱうまくできない。信用されないのは信用してない態度があらわなのかもしれない。でも信用という態度がむずかしいかもしれない。私はそれを信用してないもしくはよくわかってないかもしれない。


負い目は同時に罪悪感でもある。母や父を不幸に思う。私が二人の子供で。私が生まれてなければこの家はどんなに幸せだったろうかと思う。もしくはさっさと死んでたらどんだけいいだろうと思う。生きていては申し訳ない。申し訳ないので申し訳ないなりの努力をしなくちゃいけない。しかし努力すらうまく出来ない。はりきればはりきるほどはりつめた糸は切れた。ますます申し訳ない。できるだけ不幸にしたくないと思う。より多くの幸せでいてほしいと思う。そこには私がいないことだと思う。私が生きてて多少の幸せもあったかもしれない。それでもきっと不幸が勝ると思う。私が死んで少しは悲しいかもしれない。でも忘れて生きる時間はやってくるだろうしその時実際私がいないことによる幸せは確実だと思う。そう想像している。何年も前から想像はしているけど、何の為にもなく何かしたいわけでもなく今も生きている。どうしようもなく生きてるのでそれなりになんとかしなくちゃならない。もし今親が死んだらと想像すると、それはおぞましい。そこにはまた自分の罪悪感がたくさん見える。私は人から非難される存在だと思う。自分で非難される要点をわかっているのに、それを改善することなくいるからいけないんだと思う。なのに非難されることに脅えてしまう。死ななきゃいけないと思いながら死んでいない。こころとからだは連動しない。例えば今死んだらこれまで私にかけられたお金が無駄になると言えるかもしれないけど、そうゆうのも全部死ぬことによって事態がよりよいことになるんじゃないかと思う。そうゆうのは全部ずるいのかもしれないけど、どうも冷静にそう考えている自分がいる。自分勝手自己中心。でもそこには本当に輝かしい幸せが到来するように見えてしまう。生きるか死ぬかを考えるのか、生きることの具体性を考えるのか、行ったり来たりだな。おまえは生きてていいのかーと問いかけがやってくる。うーん生きてちゃだめだろーと答えると、じゃあなんで生きてんだーと返ってくる。お金があって欲しいものが買えて満足できて偉くてなるべくたくさんの人から褒められて羨ましがられてって、そうゆうものを私は供給しなきゃいけないと思うのだけど、全然できなくて、ひどく落ち込む。がんばらなくちゃいけないと思う。がんばれないだめさ。生きてるといろんな欲望がわいてくる。それを抑えたり無視したり捨てられるほどおストイックさも持たず、ある程度の欲望は満たしていられる状況にいる。殺伐としてるはずの自分はどこにいったんだ。ひどいことだと思う。人は誰しも親をかわいそうと思う。私は不孝者といわれる。打開すればいい。できないなら死ねばいい。これがall or nothingの考え方かも。