液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

テレビが五連休について流す。ゆううつというか、いやな気分というか、おしくらまんじゅうの最中ひとりだけいつのまにかぽそっと場外へおしやられてしまうような(しかもそのことに誰も気付かない)、人間としてなにひとつ機能していないことをつままれるようにして冷えびえと感じる。なかなかいただけない内から穴のように円のように広がってくるまっ白であることだけが存在する空間を感じる。ただそれだけだ。
大学生で一人暮らしをしていた頃、休日が嫌いだった。土日だけでも嫌だった。休日はかなり嫌な苦みを感じさせる動物的なもののように受け止めていた。落ち着かない一日。意味のない一日。やり過ごすための一日。休日という定められたなかに、一人でいることに対する漠然としたぼんやりとしただからこそ背丈の大きく計り知れない幅の広さをもった意識することさえ尻もちをついてしまうような恐怖感があった。そうそれはなんとなしの恐怖感だった。言葉にして自分で受け入れることには抵抗感がある、きっとそこには自分のプライドのようなものや意地のような屈することをうけいれてはならない雰囲気を作り出していたことが関係するかのように、なんだかそんなよくわからないものに一人であくせく格闘していたのだろうなぁ。宙をかくみたいにして。もしくは空砲を撃つ。
いつもなんとなくつらかったなあ。そうそれはすごくなんとなくだった。人との用事があればよかった。でもない方がほとんどだったし、もしくは一人で出かけたけれど、でもなぜかなんとなくの無意味さがしこりのように体壁にでもいぼいぼ生えてきてる感じがした。とにかくなんとも休日の味はマムシなどを奥歯で噛むような、しかし味わわぬよう、しかしどうしても舌にその味を知ってしまうようなやるせない感じだった。
そこにはアルバイトをするでもない自分の無力さや、恐れもあったんだと思う。でもそのことはきっと考えないようにしていた。昔から、にげることばかりしてしまう。強い逃げ癖。逃げる、卑怯。でも結局その卑怯さを許容している。だからいくらひきょうひきょうと言ったって、なんの効き目もないんだなぁ。
母はよく昔の苦労話をする。私がまだ生まれる前、二つと半年上の姉と三人家族の頃は11万で生活していたとかいうことを、母自身がどうやら忘れた頃にいつもする。まあもちろんネタはそれだけじゃないけれど。できればそういうことはやめてほしいなといつも思う。いくらかお決まりの話の筋を聞いたところで、やりきれなくなって「なんで結婚したの?」と私は聞く。父も母もいるところで。母はなんでそんな冷静にそんなことをいうのーと言ったけれど、いやいや誰だってそんな話聞いてたらそう言うしかなくなっちゃうよと思う。姉が「なんていったの?なんで結婚したのって?」と言ったことからもそれがよくわかる。姉も私もそうゆうとこで育ってきている。
小学生の頃から私が幼児のころどんだけ手のかかったことかという話を聞かされてきた。年をとるのと一緒に回数が増えていく。その話を聞いていれば、自然とああわたしは悪いこどもだったんだなあ、私を生んで母はいやな思いをたくさんたくさんしたんだなあ、どうしてうんだりしたんだろう産まなければよかったのにと思うようになるんだとおもう。私はそうなった。そう思わざるをえないとおもう。それでだから私が母を恨むようになったりするかっていうとそうではなく、むしろそこからたぶんねじれが生じて愛情への不安感を背負いこんでいて、まあでもそう見ると単純な成長にも思えるけれど。まあでも、私はきっと母との関係がすううんごく私自身に関係があって、それは例えば母に対しては見捨てられ不安がものすごく強いのに、父に対しては一切その不安を見出してさえいないことも加担するのかなあどうだろう。土地にしっかり建つ家、家庭というのはやはりそうそうないものなのかなと自分の家を見て思う。