液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない


日曜日は母のつきあいのつきあいで下北沢へ行った。という話をしっかり書いたらまちがってページごと消してしまった。やってしまった。よくない。むねん。
要約すると、久しぶりで恐らくライブのために訪れていた17歳ぶりで改めてこうゆう街だったんだなあということを思ったというようなことだった気がする。母は東京に出てきた頃下北沢のすこし先に住んでいたらしく、かわり様に驚くばかり。まあ30年も昔だ。私は私で16.7のころに感じ見た下北沢があって、そこはそれまでに見慣れていたJRの駅、池袋や新宿などとはどうにも違うなじみにくいような接しがたい雰囲気を感じていて、どこか不安感を覚える心地がいつもあって、そしてその頃のこと、その時見聞きした音楽も流れた風景も自分の不安であり無知で自由だったこころのありようも、どれもとてもよく覚えているということを確認した。もちろんそれは記憶であってなにからなにが正しいかは曖昧でどこか組み直されいいようになっているかもしれない。それでもその頃のことというのは色褪せないしなやかなみなぎりがあるように思える。そこは疑いのなさとして存在し続けるものなのかもしれない。


NHK教育で放送している語学番組の「トラッドジャパン」。日本の文化を毎週一つとりあげる(最近は、桂離宮とか盆栽、すし、藍染、花火など)。番組内で流される5分程度のテーマ解説の映像の英語のナレーションは簡単なとこしか分からない。まあそれはおいといて、この番組でおもしろいのは日本人ながらはじめてよく知る日本の事物にふれることができるところや、主に西欧との比較をしたときに浮きあがってくる違いや日本というものの面白さに出会える所だと思う。スタジオには日本人の江口さんという人とイギリス人のアットキンさんがいて(二人とも男性)、アットキンさんという外国人の眼から見て捉えた日本によって、それがいかに日本というものなのかと気付かされることが多い。日本と外国の違い、そこには歴史や文化の違いがあってそれによって言葉の作られ方、用い方も違っているということも紹介されて、これも非常に興味深い。
先週の「箸」では、日本ではひとりずつに専用の箸があってたとえ家族であっても他の人の箸は使わないということが紹介されてはっとした。た、たしかに。でもそれはあたりまえすぎて意識したことがなかった。アットキンさん曰く、西欧では祖父母が使っていたお皿を使うということはあっても個人専用のナイフやフォークはないという。日本だってナイフ、フォーク、スプーン等には誰のものというのはあまりないと思う。そう考えると箸というものは日本に根深いなあ。中国や韓国も箸を使うが、箸にこだわらず食べやすいようスプーンなどを使いもする。日本は食べにくいような豆腐や納豆も使いますねとアットキンさんが言っていたが、江口さんがそれは日本にはお椀やどんぶりなど器を持ち上げるという文化があるからたいていのものを箸ですますことができるみたいなことを言っていて、なあるほどおおと驚きさえ感じた。などなど一応事実は知っているような事柄でも、改めて視野を広げ比較してみたりすると新たな知識になるんだなあ。
基本的に番組内では日本の文化をほめて素敵なもんでしょうと紹介しているんだけど、最後にアットキンさんが外から見た視点でグサっとするどいことを言うのがまたなんともいえない味わいがある。


まあそれとかナンバー吾の三巻を百円で買えたとか、イギリスドラマのプライミーバルがおもしろいなとか、アニメのプラネテスがすばらしいなとか、そんなことをつらつらと。北海道に行く頃はちょうど天気が悪そうだ。