液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない


どうにかようやくかかってイギリス旅行の思い出写真本を昨晩完成に近づけさせた。ま、表紙と終わりは結局未完なまま…。そこらへんはもうすこし創作が必要として、まあ年内にはできあがるはずだ。めんどうだったので無印のノートを使って写真を切って貼って文字を書いて。これが結構な量あるから始めた当初は疲れた。しかし書いているといろいろ思い出せた。写真は月日を越えてたのしむところがまたあると思うから、私が死ねばただのごみなんだが、生きてる間はこれで過去に思いをはせることになるでしょう。


夜ごはんを作っているところに母が帰ってきて、これ来てたよと見せたハガキが大学のK先生からでとおっても驚く。ハガキは毎年の個展のためのDMで、いつも同じ時期にやるから、私はもうそろそろかなーとネットで勝手に調べて日程も知っていたのだが、まさかまさか先生がわざわざ送ってくれるなんて、なんて信じられない…。見た瞬間(私は台所で調理中だったから距離を持って見ただけ)、え、誰から?と言ってしまったくらい、違う誰かが先生の個展を知らせるために送ったのだと思ったほうが自然だと捉えたくらい、結構意外だなあ。お元気ですかという一言コメントがO先生が去年最初に送ってくれたハガキと同じだなあ。K先生はあんまこうゆうことをしない、というひどく漠然曖昧としてはいるのに決めつけている勝手なイメージがある。あーでもそんなこといったら誰でもそうかな。まあでもせんせい、卒業生好きだからな…。私だって昔は卒業生じゃなかったわけだが今は卒業生になってるからな。場所が銀座で私は在学生の時にも行っているからくれたのだろう。それでいて去年行かなかったし。
卒業式の時、先生がひとりひとり簡単なスピーチをした。そのときK先生は毎年個展をやっているからもしよければそこに卒業生が来てくれれば集まってくれればみたいなかんじのことを喋った。卒業後、そのことがどこかで嬉しく思い出すことがあった。私はむなしくも卒業式の日はそのあとの謝恩会の幹事としてずっとせわしなく忙しく慌ただしくしていて、最後の日なのに先生と全然話も何もすることができなかった。そのことが卒業式を終えたあとからずっと心のこりとしてあった。べつになにか大層なことがいえたわけじゃない。でも、あんなに関わりあえた先生との区切りの別れになにも話し合うことができなかったことは、後悔であり大きな自分の反省点となった。だけど、先生のスピーチは後から思うともしかしたら私のほうにむけて言ってくれてたとこがあるかもしれないと思えた。そう勝手に思えるだけで後悔のくやしくてやりきれないような思いを少しはやわらげることができた。
それにしても先生がわざわざ住所調べてハガキに手書きしたんだと思うとやはり不思議な心地になる。名前だってちゃんと漢字でフルネーム書いてある。先生はみんなとおなじく私のことはあだ名で読んでいたから名前で呼ばれることはなかったし、ゼミ生でもないし、先生が私の名前をちゃんと知ってる確証はそんなにない。という疑いをなぜかわたしはよく持っていて、それはどの先生に対してもそうだけど、そんなとき2回生のころのエピソードをよく思い出す。
2限続きの演習の授業の終わりに自己申告で出席を取る先生のところで友達何人かで「わたしのなまえわかりますか?」とふざけ半分で先生にけしかけたこと。先生は意外にも(私には)だいたい覚えていた。なんでだろうか、私は自分の名前という自分の存在を示す制度的なものとしての名前というものを、先生が認識してるかどうかへの疑いがすごく強かった。だいたい覚えてる知ってるはずがないと決めこむ態度をとる。だから先生が私の名前を知っているというのはとてもふしぎでふしぎでしょうがなくて、知ってるってわかっても、なんで知ってるのかをふしぎに思ってどこまでもふしぎだふしぎだという世界からはぬけだせない。ふしぎだなあ。それでも色んな学生があちこちにいるなかで、名前を覚えてもらっているというのはうれしかったと思う。高校までずっと好きだとか信頼できるとか思った先生はなかったし、先生の人と仲良くなることもなく、むしろ特に信用効かないように思う体験もあったから、大学で先生の人と向き合えたことは新鮮だったけど、それは大学だと先生という身分ではなく人間としての存在があったからに思う。
K先生に「そこ、かたしといてくださいよ」と言ったら伝わらなかったなぁとか、思い出がただよう。
去年は行かなかった(行かれなかったというか)が、今年はそこの気持ちの弱さを乗り越えていきたいと思う。自分がはずかしくて、先生のとこになんていけないという気持ちが私にはある。自分のこの不出来さを、人にどこかで否定されることへの恐れがつよく発動してしまっている。まったく知らない他人に否定されるよりも、仲よくすることのできた人たちにされるほうがもっとこわいからだろう。人に否定されることを恐れるのは、今の若者は〜という大きなくくりで言われたときに私もそこにはいらないわけにはいかないのだろうけど、その自分の弱みを人に見せれず自分で隠し持って行動もできないでいるという私の貧しい中身はやはり私個人の10代の体験がもとになっていて、そのことをずっとひきずってしまっていて、それが解決されない限り変わらなくて、だから私は統計的なところでものごとが語られることをすごくすごく嫌に思う。母との会話ではよくそうなるのでそうゆうときやっぱりわかってくれないとか思ってしまう。これもこれでよくないような。話がとんだ。自分では現在の実態をうけいれているくせに、それを他者には見せれない。否定されることがこわいのはいいとしても、そこの態度はよくないかなと思う。



さああて夜にはほっかいどうへ。天気わるし予報。