ずいぶんなことほっぽってしまったけれど写真もわざわざとりこんだことだし1月にぷち一人旅をした時のこと。


1月22日(金)の夜に新宿発岡山行きの夜行バスに乗っていざ出発。金曜の夜は乗る人がおおいのか。待合所は色んな行き先を目指す色んな人々でいっぱいでかなりおもしろかった。公衆電話で声量でかめの関西弁のおじさんの電話につい聞き耳をたてた。夜行バスってけっこう年齢高めの人々が多かったりもする。まあとりあえず出発してからああこれはもしかしてちょっとした一人旅…?と気付く。それまでああ行きたくない行きたくない電車でもバスでもなんでもいいから事故にでもならあいかな…というゆううつっぷりだったからなんも気が付いていなかった。

1月23日(土)の朝7時ごろ、JR岡山駅前に到着。隣接してる感じの駅ビルのトイレでスーツに着替え(シャツだけは着てバスに乗りこんでいた)、化粧もそこですます。洗顔的なことはバス内ですませておいたものの、トイレで化粧はしたことなかったからなんとなく緊張感を思い浮かべながらも、まあ朝はやめだったから混みあうなかでもなくすませられて、ほっ。そして適当に岡山土産なものを買って、鞄に必要なものを詰め替えて、残りの荷物を改札内のロッカーに入れて、予定していた電車にのりこむ。関西方面の電車は箱型がおおくて、ああ関西だなーっとすこしなごむ。のりあわせた女子三人組はどうやら兵庫の方から来たらしく、これから香川にうどんめぐりをしに行くようすで心底ほええとうらやましく思った。

一度乗り換えをして、予定通りJR宇野駅に到着。あわあわしながらフェリー乗り場へ。風がびゅんびゅんにとても寒い。ぼーぼーに立ち尽くす。フェリーに乗ってからストッキングをもう一枚はく…。せっかくなので超さむそうとはわかりつつも、外へ行ってみる。もうれつな風の勢いでむせかえりそう。しかし楽しい。他に二人くらいしか人間いないし。うわーここが瀬戸内海かー、ほんとに瀬戸内海まできちゃったのかー、ほおーと結構うかれる。でも寒い。なので船内へもどる。でもやっぱせっかくだからとまた外へ。だれもいない。ていうか、なぜかさっきより風がおだやかになってる。こんな変わるもんなのか?点在するまあるみをおびた島々。なんだかふしぎ。見たことのないところへ来てしまったんだな、という感じ。そのままだ。





予定通りにぶじ、香川県直島に到着。地図みたいなのをもらって、いざ最初の目的地、山本うどん店へ向かう事にする。と、その道すがら、まず昨年できた大竹伸朗の作品「I (はあと) 銭湯」を見に行く。えーとこの家の間の道は行っていけばいいの?と入ってみたら、どーん、あった。


うおお、すげえ、すげ、住宅の中にへーぜんと存在しているではないか。なんかもうそれがすごい。ものすごい熱量が感じられる凄味がりんりんとあるのに(りんりんてなに?と思いつつ)なぜかふつうですよといわんばかりに隣や正面の家々となかよしこよしに建っている。ひしめく静かな家々になじんでいる。せんとうだ…。この感覚が、家プロジェクトの作品に通じて言えることとして直島で一番かんどうしたことだった。特にこの住宅に囲まれた中に生活の一つの場として銭湯があるという景色は、私が生まれ育ったとこの景色を思い出してしまって、すごさとおもしろさとを朝10時からふとっぱらに感じてしまった。

そして人気がない土曜日の午前の道をよくわからないなりにしんしんとした空気の中進んで、なんとか山本うどん店発見。午前10時開店ということで、土曜だし、どうやら一番のお客らしい私がひとり。あたたまりたいこともあり、ネットで調べて知っていた肉うどんを注文。これが朝兼昼ごはん。うまいうまいとさくっと食べてしまう。うどんがつるつるしていた。そのつるつる感が見た目にもきれいでこれは今までに食べてないものかも!肉もしっかり味付けされていて食べ応えがある。つゆも飲みほし激冷え性の私なのでもうひたすら冷え固まっていた足もようやくほぐれた。600円くらいだったような。一人うどん屋デビューをはたし、また港まで戻る。が、やはりよく道を間違える私なのでさっそくここでも間違えて変なとこにでてしまった…。住宅街をさまよい行き過ぎていた。あぶない。でも道間違えることにはもうじゅうぶんなれっこだぜ、と安心感もある。

少し時間を待って、島内を走るバスに乗って本村地区に点在する家プロジェクトを見に行く。11時にもなり、カップルや家族連れの人々もちらほら。それにしても今日は寒いと直島の人たちも言っている。さぶいじゃなく、ざざざぶいという心境。石橋、ぎんざ、以外の5つの家プロジェクトを見て回った。千住博の絵はあんま興味がなくて。ぎんざは時間が読めないからやめておいた。

はじめに宮島達男の作品がある角屋へ。あんまりにもさむい。外も寒いけど中で靴までぬいでますます寒々しくてやってられないほどなのに、ぼーっとながめる。暗やみの中で沢山のくりかえされる数字。ぼー。ここはもともと民家だったのだろうか。家の造りはそのままのこされていて、日本家屋っておもしろいなと思った。

次に杉本博司護王神社へ。一番楽しみにしていたところ。ごつごつしたちょっとした山道をのぼってたどり着く。なんだか清涼感のある神社。風の通りがよさそうで、きもちいいのだ。

さんざん写真などで目にしてきていたガラスでできた階段にごたいめん。でもなんか本物とかってやっぱなめなめしく見てられないというか。写真で見てるとこわい畏怖の念をかんじるけど、実物はもうちょっとやさしいかんじだった。この質感とか物量感とか、ふしぎでたまらん。そして直島のおじさんに案内してもらって、懐中電灯を借りて穂電とガラスの階段でむすばれている地下の石室へ。護王神社はこの石室に入るにはチケットが必要だけど、本殿の方への参拝や見学は自由にできる。さて石室へひとり細い通路をあるいて行った見た景色は、なんだか恐れ多い気持ちになって、ひとりではこころぼそいような、けれど足が動かなくなってしまうようなまばゆさがあって、ガラスの階段はどこまでもつづいていくようだった。なんだかよくわからないまま去る。去る時には瀬戸内海がはっきり見える。これがまた脳内リフレッシュ。




次はジェームズ・タレルの南寺へ。作品名は『Backside of the Moon』という。15分交代で鑑賞するらしく、いつもは整理券が出たりするらしいが、今日は寒いからないらしい。しかしちょうど入れず、外で15分待つ。そのあいだに作品や、中での行動についての説明を受ける。直島のみなさんもはやおてのものというふうにすらすらお喋りなさっている、どこのひとも。そしてどこへ行っても一緒になってしまうカップルたち…。ようやく番が来て、おそるおそる真っ暗闇へとびこんでいく。むはーっ、すごいぜ。せかいって、せかいって、うおー。隣に座った人がどれくらいの間隔をあけた隣なのかも誰にもわからない空間で、ひたすら座って前を見つめていて、でもこんなじゃ自分が目を開けてるのか閉じてるのかもわからなくて信じようがなくなって、それを判断するのは瞼の筋肉だかで感知できてるけど、でもそれだけしかなくなっちゃったようで、自分の他の体はなくなっちゃって、私というのは二つの目玉だけになってしまったかのような感覚に陥った。何も見えない真っ暗の空間で、それでもやっぱり目が生きていて結局は目に意識があつまって目の存在がありありとしてきた。そして、目の見えない人というのは、永遠的にこんな世界なんだろうかと思いを浮かべた。と、気付くと、遠くにぼんやりしたあかりのような、ひかりのような、なにとも言い難い、けれどそこに近づきたくなってしまうような、手をのばしたくなるような、しろさが見えてきた。ああひかりに手をのばしてしまいたくなるんだなあ。ああそうかそうかとなにかかくにんのようなもの。

それから碁会所の須田悦弘の作品へ。外ではおじさんが掃除をしていた。小さな門構えをくぐると左右に同じつくりと思われるふすまが開けられた四畳半の部屋。庭は石が敷きつめられていて、椿がうわっている。そして部屋の中には木彫の椿。須田さんの作品はこれまでにも何度か目にしていて、それはそっとその場ににひそむようにして存在している作品だったりもして、だからここでの作品のようにバーンと目の前に見せるというのはどうなんだろうと思っていたけど、ものすごく美しい四畳半の中で生きる作品はとても存在感があって、わっという驚きと、それ以上のうれしくなるようなところがあった。そうそうまず建物がとにかく清楚で美しい。小さくて、すっと身軽で、さっとした風が通っていそうで、日本の建築ってうつくしいなーと感動。これが対になっていて、足元にちらばる沈み込むような無数の石が白くて、乾いた風と空が庭に広がっていて、美しいのにふしぎさがあって、ふしぎだ。

そして最後に大竹伸朗のはいしゃへ。大竹伸朗の作品はたのしくなる。人の内部や過去へ入り込んでいくたのしさのようでもあり、またそれは自分となにか繋がりの道があるようにも思えてくるし、そうするともっと様々な他者にも通じて行くような雰囲気がおびてくる。

そしていざめんせつへ〜。面接はまあ、どうだか、まだ返事はないのでわからない。バスまで時間があったので、草間彌生の黄色かぼちゃ周辺でひとりではしゃぐ。でかい空に海にを背景にしてもなんつうおおらかさ!かたくなさ!でかいなー(存在感が)



ていうか砂浜なんだなーここらへんは。砂浜とかあんま見たことないし触ったことないし結構はしゃいでしまう。さらさらー。貝殻とかひろう。バスが来るまで結構時間があって瀬戸内の風をじゅうぶんあびる。さぶすぎてもう風にあたってやる。そしてまたここで家プロジェクトでさんざん一緒になってた家族やカップルとまた一緒になる…。

そしてバスで港へ。少し待って、フェリーの時間。さらばなおしま。短い滞在時間ではあったけど、予定したものはすべてこなせたのでとっても満足。帰りのフェリーはもうぼーっとしてしまった。太陽の光がさしこんできて、妙な現実感をおびているようで。なんか直島ってすごく遠い別世界のように見てるとこが多分あって、それは島というところにアートがあるっていうてんでまずなんかこわいし、ベネッセというでかい会社っていう存在感もなんかこわいし、お金かかってそうだし、とかとか色んな想像がはびこっていたわけなんだけど、ああ私一人でぽいっと来れちゃった…というあっけなさと、想像をふっとばす自分の満足さとで、ぽへー。


そして予定の電車に乗って岡山駅に戻り、10分のあいだに新幹線乗り場へむかう。ぶじ目標通りの時刻の自由席に座れ、ほっと一安心。新大阪まで45分くらいかしら。新大阪から御堂筋線天王寺へ。なつかしいー。こっちはこっちでなごむもんなあ。そして近鉄のほうで一年ぶりにみっちゃんとおちあう。て、なんとそこにはけーじろうまで。偶然通りかかったとか。おもえばまずこのけーじろうから偶然の再会の連続がはじまったのであった。

感情があまり表にでてこない彼(べつにわるい人じゃない)とはさっぱりわかれ、近鉄に乗ってK先生との待ち合わせ場所へ。先生かわらない。でも大学の話をいろいろ聞いてかなしくなる。なける。後半には2個下だった現4回生になったたけちゃんも現れ、かわらない。結局19時半から23時半くらいまでいたのかな。先生には過去の卒研の話もちゃんと聞けたので先生はそう見てたんだなと過去を解釈し、先生は自分とこのゼミ生のじまんがほんとうれしそうで、私はやっぱりゼミ生じゃなかったから壁をかんじる…とか思いつつ、すごくたのしかった。先生やみんなとがやがややってた音がよみがえるみたいだった。そしてみっちゃん家へお泊り。


1月24日(日)この日の朝ご飯に作ってくれたのは曰く焼きそばパン。朝目覚めたのも10時過ぎだけど。

二人してノープランでなんのめあてもないため、二人でよく行った四天王寺へ行くことに。徒歩20分くらい。蚤の市また行きたいんだけどなぁ。それにしてもなんの市でもない四天王寺ははじめて。はじめてついでにいつも前を通りつつ食べたことのなかった釣鐘まんじゅうを購入。これは大学の合同研究室にあげようと思って。はじめて本殿のほうへお金を払って入ってみたり。ぐるぐる五重塔のぼってでも景色もなんも見えなかったり。しかしなんもないはずなのにそれなりに賑わってたなぁ。むかしはなぜかここからなんばへ徒歩で行って帰ってくるというむちゃなんだかひまなんだかわからないことをしたなあとか、むちゃすぎる英語を喋ったなあとか、四天王寺の思い出はつきません。

四天王寺から今度は新世界の方へ。徒歩20〜30分くらい。わたしは新世界の方って一回くらいしか行ったことがなくて、その周辺のフェスティバルゲートのBRIDGEには行ってたんだけど、テレビに写るような食いもの屋のほうはよくしらず、なんとなく行ってみたら、なんかやたら串カツと串カツと串カツとばっかりで、どうしようもないかんじで、二人でどうしようもなくうろついた結果、おじちゃんが集うかんじの安い定食屋へ。なかなかおもしろいとこだった。安くてボリュームあって満足。おおさかだわーとしみじみ。

それから先生のギャラリーへ。徒歩25分くらい?いるかなーと思ったらやっぱりいた、そう君。なんとなく、勘で。先生の2作品のうち、1つの方に映ってる景色はあきらかに学校からの風景だなーとわかった。ていうか先生のこっちの作品いいよなぁと思う。上の展示も見て、ふむふむ。そう君とおしゃべり。そこに突然ひとつ下で同じ先生のゼミ生だったyちゃんが現れ、その次に同じゼミだったt君(と、その幼なじみ)も現れ、その次にやはりひとつ下の同ゼミaちゃん(同い年)も現れ、みんな同じO先生のゼミだったとはいえ、よくも偶然あつまったもんだ。t君以外はK先生の研究室に入りびたりつながりだなあ。みんなかわっていなくて(ひとまず見た目)、うんうん。適当にその場を後にして、みっちゃんと買い物して夜ごはんは鍋。いつも?

1月25日(月)みっちゃんは7時半ころ学校へ向かい、私は8時過ぎにみっちゃん家をあとにする。鍵を閉めてポストに入れた後ではがあっと気付く、パソコンの上に置いたわたしの手袋。やっちまった…よくやるよわたしゃとうちひしがれつつ荷物をひいて天王寺駅前の信号を近鉄の方へ道をわたっていたら、白と黒の線の道のまんなかで、卒業式ぶりにとつぜん自転車に乗ったとみーさんに遭遇。「おまえなんでわかったの?」ってびっくりしてたけど、こっちもびっくりだよ。前日髪が伸びてたという目撃談を聞いてたから気付けたとおもう。あとは昔着てたのとおなじ上着とか。じゃなかったら見逃してたなー。けっこう感動。いそいで道をわたって(もどって)たちばなし。なにしてるとかどうしてるとか。結構喋って私これから宇治に行くのとばいばいする。むはー。

荷物をコインロッカーにいれていざ京都の宇治へ。なんとなく昔から行ってみたかった。なんでだろうと考えてみたところ、キセルが宇治出身で宇治のこととかちょこちょこ喋ってて(たぶん)京都の田舎の方でとか言ってて、ああゆう人たちが産まれ出てきて音楽つくりはじめた場所ってんで気になってみたいなとこがあるような。まああとはなぜかなんとなく平等院鳳凰堂も見てみたいと前々から思っててでも学生の時は結局訪れず。昔ひとりで奈良に行ったときも雪が降ったくらい寒い時だったけど、またしてもものすごい寒いときに観光地的土地にひとりで行ってしまった。さむいですすみずみまでひえますほんと…。




駅で地図をもらって出発。平等院に行くまでの道にはお茶屋さんが軒を連ねている。でも平日だしどすさむいし人通りはうすい。地元のおじさんなどが散歩してるかんじ。歩いて到着。お金を取られて中へ。ほおう、鳳凰堂はさすが十円玉ってかんじで柱からも独特の雰囲気をかもし出しているのが感じられた。周りは池にかこまれていて、中にいくにはまたお金が必要なのでそれはパスしたけど、ずしっと冷めきった空気の中で鳳凰堂からはほわっとしたまろやかさがあるような存在感があって、これがけっこうすてきだった。これは季節でまたいろいろ見えるのだろうなあ。威厳もあるのだけど、静かな見守るようなおおらかさみたいのもあって、なんか拝みたくなるようなかんじがした。




博物館的施設がありそこでぬくみをもらいつつ、いろんなものが見れてここもおもしろい。雲に乗った色んな楽器をもった菩薩たちがキュート。よくわからない道に出つつ、川をわたり神社に行ったりして、寒いのでお茶を買って大阪へ戻る。この間にとみーさんからメールがきて、夜時間あるならごはんどう?と誘われる。うわーとみーさんにさそわれてるよわたしっと思う。

大阪へ、今度は梅田へむかう。ずっとずっと行きたいと思っていたほななという一週間日替わりで違うお店のカフェが開かれるお店(場所)で、月曜日はSUGAR TOOTHさんhttp://sugar-tooth.jp/がやっている。私はこちらの方のブログをお店を始められるずっとまえから見ていたこともあって、ぜひとも、カンテをやめてでもぜひ行っておきたかった。梅田に着くと雨がちょうどぽつぽつ降り出したものの、ガード下の店みせの屋根下を歩いてたどりつく。スコーンとジャム、ケーキ3種とドリンクのついたSUGAR TOOTHセットを注文。(写真はSUGAR TOOTHさんにhttp://sugar-tooth.jp/?p=5565)この日の日替わりケーキは金柑のタルトで、それにかぼちゃプリンとトライフルと。むんー、どれもおいしいっ。スコーンがまずおいしくて、ジャムともぴったりで、食べやすいしもっとたべたい。金柑もふだんたべることはないからどうかなと思ったけど、焼いてあるとイメージと全然違う感じでまた金柑の黄色がきれい。トライフルとかぼちゃもずっと食べたく思っていたぶん、それぞれに味わいがあるところがとてもたのしめた。念願かなったり…。

それから今度は迷ったけどやっぱ先生に会いたい!と思って、2年前卒業した大学へ向かう。胸がひりひりしてたまらなかった電車とバスの時間。大学に着いてから学科にむかうまでの道のりでももう失神しそうなくらくら具合。色んなありとあらゆる光景や思いや時間がむせびりかえってきて、あたまがぱーになりそうだった。学生の時は、駅からバス乗り場までの短い距離のなかでも、バスに乗って出発を待つ間外を眺めていても、構内を歩いている時でも、知り合いや、知り合いでさえもないただいつのまにか顔を覚えてしまった何も知らない人たちを、無意識のうちに探したり、見たり、見つけようとしたり、もとめていたりしたのだ。そうはっきり気付かされた。でも、今はだれもいない。誰もいるはずがない。昔あたりまえに見ていた、存在することができた私もみんなももういない。誰もいない。ああそうなんだそうなんだ。なんなのよこのかけめぐるむな苦しさは、ふらっふらくらっくら…。ああしんどい…。そうかそうか、みんなここにいたんだなあ、私もここにいたんだなあって、不在によってまさにはっきり気付かされたよ。わからされた。ああそうかあ、とひどくなっとくしっぱなしだった。

学科に着いて、きんちょう。O先生の部屋は暖房電気つけっぱなしでいつもあいてるので、勝手に入って先生を待つ。輪をかけてきたなくなってる。なんとか椅子に座る。ビデオの棚を見て、あれ見たなーそれも見たとかいろいろ思い出す。よくここで一人で座って先生帰ってくるの待ったなーとか。授業終えた先生帰ってきて、あーなつかしいこのかんじ。先生と乱雑した部屋で会話をする。緊張を覚えつつもなんだかうれしくなる感覚もかわらないなー。授業なのにすこしおしゃべりに付き合ってくれた先生をあとにして、いつもいつもよく外を眺めてた4階の窓のとこ行ったら、なんかもう更に貧血おこしそうなどすんとした衝撃力。かわらないかわらない景色。建物があって山があって空があって、それらがいびつに重なり合ってみせる変わらない景色。っかはー、なんどもなんども見てた景色、なんども死にたくなっては見てた景色、どうしようもないむなしさを抱えて眺めつづけた景色、繰り返した景色、かわんないかわんない。うわー、強烈。かわらないものがここにはあるんだなあと、大砲打たれたような感慨にふけりまくる。かわらないものって、すごいなあ。

それから合研でそう君とか、先生たちとお喋り。たのしくて。他の教室には行かない。それで私はここを去る。ああ来てよかった。私は学校とかに愛着をもったことはないし、先生とかにもないし、むしろ嫌なことの方がしっかりあるし、つづいてる友達もぜんぜんいないし、でも大学だけは違って、安心する場所でもあったし、実家によく帰る人でもあったけど学校にもいつもよくいる人だった。学校しかいくとこなかった。先生に会いたいなーと思って、ここはもう素直になろうと思って行った。すっきり。

そして19時過ぎにとみーさんと待ち合わせて、なんとおごってくれる。この人はとにかく容姿がいいので、髪の毛おだんごにラフに結んじゃってメガネまでかけてて、なんかよしながふみの漫画で描かれるような冷たげな男の人の感じで、はじめこっちが一歩ひいてしまうという。うう、同じゼミだったとはいえ、なかされたとはいえ、それなりに友達だったとはいえ。いろいろ喋ってあっという間。二人とも酒飲みでないからジュース。それでバス乗り場までついてきてくれてたら、なんとみっちゃんが手袋届にと見送りにと来てくれていた!3人でほんの3分くらいの立ち話がほんとふっと大学生のときと同じ喧騒感を思い起こさせた。二人にばいばいして東京行の夜行バスに乗りこんだ。帰りは安く4列シート。月曜だから利用者は少なくひとりで二席使う。とてもぐっすり眠り込んで、朝の6時に東京駅着。家に帰っていつものように洗いものして洗濯して掃除して。ぷはー、リフレッシュするぷち旅行だった。