液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

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っがーんの衝撃がつよいのだが、池袋パルコにはいっていたリブロが今月の21日で閉店するという。かなりショック。ここはリブロはリブロでもアート系の扱いがあるロゴスであったから、すごく広いわけじゃないけど池袋本店リブロより写真集とかでも取り揃えがしっかりしてるし色んな方面に対して豊富さがあって、10代のころからのかなりのお気に入り本屋なのに。といっても昔も今もお金がない私は立ち読みばかりしていたわけだが…。私の情報源になっていたのはたしかだ。ジュンク堂とかリブロ本店はでかいけどでかすぎて階の移動とか面倒だし、パルコが好きだから他とあわせて見に来れるし見やすいしとかで断然こちらに来ることの方が多かった。ぐあー、これはかなりきついなあ。いかに本屋の立ち読みで情報を得ていくかがけっこうだいじなんだがわたしにしては。お金がないからいけないのか…。まさかなくなるとは思ってもなかった。でもたしかに店内は立ち読みの人が多いのかもしれない。しかしもったいないなあ。ちょうど誕生日にここで古屋誠一の写真集買ってもらおうと思ってたのに…なぜかもはやなかったし…石川直樹のほうにするかどうか。


ここで先月行ったレベッカ・ホルン展についてふりかえって書いておく。まずはじめに3階で目にした色鉛筆でつくられたクジャクを模してるであろうと見てすぐに思われた機械の作品にすぐに心奪われる。ときめくときめく。扇状に設置された色鉛筆数本がが開いたり閉じたり。太陽の動きのようにも見えたけど。思わずぽかんと無心で見とれてしまう。そんな機械仕掛けの作品がとにかく楽しくもあり、不思議でしょうがないこともあり、しかしそういった作品になじんでいくとひとつひとつの作品に確固とした意志やゆらがない見据えた視線がひたすらそこに生きている強さが感じられてきた。機械として与えられた、制限された動きを繰り返す様々な形態をもった作品。その動きは冷徹なまなざしをもつかのように粛々としているようでもあり、既存のものや世界ををつきはなしているような感じもする。それにひきこまれ、そこに立ち、見続けているとぽんとそこにまた新たな世界が建っているような感覚がした。いくつもの作品に囲まれた空間はどこか新鮮な空気をすえているような感じがして、すがすがしいようでもあった。そしてそれが嬉しさにつながってきた。

1階に移動して映像作品を見た。3回でも数分の映像作品が2.3あったけど(どれもいい!)、こちらでは映画のような尺の作品も。部屋は4つか5つかあって、流すプログラムも入り口前で提示されているのですきに移動して見たい作品を見る。長編作品の『ダンス・パートナー』を見たいとは考えていたのでそれがはじまるまで他の作品を見て回った。長編作品には機械仕掛けの作品が映像の中で出てきたりする。ていうかなんなんだあのへんてこなおもしろいストーリーは!すごいな!おもしろいよ!ストーリーがありつつも、妙な要素がまじりつつ、しかし全体に生き生きとしたものをかんじる。なんなんだこれはああーーという驚きと嬉しみで燃える。

そしてこの日はキュレーターの長谷川さんとロレックスの支援機関によるレベッカ・ホルンのもとで一年を過ごしたアーティスト半田真規さんとでの対談をホールで聞いた。半田さんの作品は写真で見たことがあるだけだった。半田さんがレベッカ・ホルンとの対話、制作の話をしつつ自作の話もしつつ進めていくが、結構はしょってささっといってしまうため(というふうにこちらには感じられる)長谷川さんがその都度つっこんで質問をしていってという感じで進んでいっていてその感じがおもしろかった。



そして1月30日は都写美へ日本の新進作家展vol.8「出発‐6人のアーティストによる旅」を見に行った。6人中4人は知らなかった。知ってた2人のうちでたのしみにしてたのが、さわひらき。一昨年くらいに初めて見て、それが広い真っ暗な一部屋に6つくらいの映像画面を配置してしかもそれらをいっぺんに見ることはできないというけっこう強烈な印象があった。そして今回の作品はmusic videoにもなっているものらしく、壁スクリーンに音楽つきで流れていた。見れる。

日本ではないだろう室内の様々な箇所はどこも乳白色をおびたやわらかさと硬さとがあって、そこを小さな飛行機が飛び交う。ほうっとつい一目でひきこまれてしまう。この人の作品は好きになる人多いとおもう。もうひとつは、いい古さを出した机の上に置かれた木箱の中を椅子に座って見るような小さな画面の作品。こっちもすごくいい。この机と椅子と木箱というインスタレーションに近い形の構成がとてもなじむ。ただ映像として見るのではなく、見せ方でいろいろとやってくれたほうがより映像世界に入っていけるとこがあると思う。それだけ中身に世界があるし、そこにはつい足を踏み込みたくなるかんじ。でもやっぱり大きい床置き6画面でみた作品がわすれられないなぁ。個々でも全体でも強度がすごかった。

そして尾中浩二の作品がよかった。プリントのサイズが小さめで、普段手に取るようなLサイズに近くて、プリント方式のせいもあってかベタったとしたようなテカリがあってすごく質感として身近に感じられてくるとこがまずよかったし、そこから見て行く日本の様々な土地の写真は過去のようでありそうでありながらもすぐそこに、手に取れるような身近さをも感じさせるところがあって、好きだなあとおもった。それと外国での写真をスライドショーみたいにして簡単な文章もつけ加えた映像作品(になるんだよなぁ?)もよかった。すごく想像させる、わくわくさせるようなとこがある。尾中さんてどんな人なんだろなあとも思わされる感じ。

内藤さゆりの作品は何を撮ろうとしていくのがよくわかるし、また自身も
と書いているのを読むと改めてそれらがぐっと見えるような、におうような、風を感じるようなとこがある。それは見ていて気持ちよさを感じるし、うれしさみたいなものとしても返ってきた。人、人の表情などを一切写さずしてその土地をきりとって行こうとするはっきりした姿勢はすごくいいなーと思った。ただ、この日あった3人の対談ですこし話題に上がったこととして、何を撮ろうとしているのかがわかる写真はすきじゃないというようなことを山崎ナオコーラが言っていて、石川直樹はそれに同意しつつ、この展示の出品のなかでは内藤さんの作品が一番そうだと思うと言っていて、でもこのはなしはまた次の日の内藤さんまじえた対談で話せばいいことだからとながれてしまったのがざんねん…。石川さんは単にそれで否定したりってことではもちろんないと思うんだけど、各写真家のものの見方、考え方は通じつつも異なる面もあるのだからそこもっと知りたいなぁと思った。

対談は石川直樹×山崎ナオコーラ(作家)×前田司郎(作家・劇作家)というくみあわせ。これ目当てでこの日に行ったのだ。対談は進行もすべて3人にまかされていて、また夏には雑誌「真夜中」の企画で3人で富士山に登ってきてもいるらしいが、同年代であり違う方式で表現をしているそれぞれがそれぞれのペースをもった話しぶりをする3人ということでとても面白かった。石川さんはとてもナチュラルな人で、この人は人柄で好かれて進んでいける面がすごくあるんじゃないかなあと思った。話もふざけてないんだけどその率直さと素朴さと冷静なまなざしとか色々がまじりあって面白さになっている。話を聞いていく中で、漫画「岳」の主人公の三歩を思い出してすこし似たとこがあるかんじかもーなんて思ったりした。写真に対しての話も、自分の見たことのない世界を求めてそこに行くといったような土地や高山へ向かう話も、すごくおもしろかった。23歳の時に登ったというエベレストの映像を見せてくれたりもして、そしてその本人をその目の前にしていると、この今わたしの目の前にいるこの人の体があんなとおくへ行ってきたそのものなんだなあということにとても感動する。前に報道写真展の時にあった対談で3人のフォトジャーナリストの人たちの話や写真を見聞きしたときにも、この目の前にいる人たちがアフリカなどの発展途上国や難民キャンプの地に行き写真を撮ってきているんだということがどうにも不思議なショック感をうけたものだけど。写真だけを見ていると、単純にそれは遠い地でしかないんだけど、それを撮ってきた本人の人間が目の前に迫ってくると、その写真という平面もすごく肉厚になってくるかんじがする。山崎ナオコーラの本は二冊くらいもっていたからどんな人なんだろーとわくわく。かわいらしいけどスパっとしてて喋りもなにがどうでこうでだからこう、と発言をにごさない意志のある喋りをしていてさすが作家だからかなと思った。前田さんはずばずばきりこんでいくし頭の回転もよさそうな感じで色々と疑問や発言をあげていってそれにより話もよく展開した印象。とにかく色んな話が聞けてたのしかった!



そしてこないだの日曜に近美にウィリアム・ケントリッジを見に行ったけどもうこれはつぎでいいかな…。これもけっこうたのしかったな。