液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない


BSで放送される映画をチェックするのがひそかな楽しみなのだけど、イーストウッド作品を最近連続放送してるなかで3本くらい見てなかったものを見た。がんこおやじ的キャラがやっぱりいいよねと思ったり。来月はイングマール・ベルイマン作品がいくつかありそうなのでこれまた楽しみだ。まあたぶん2つくらいしか作品みてないと思うんだけど。でも『野いちご』がな、なんかすごく好きなんだな。眠くなる気分になるとこもいいんだな。関係ないけど昔の映画で(主に洋画)車内の運転シーンになったとき、背景が見るからにつけあわされたなかで会話がくりひろげられ進行していくのをみるとどうもついつい笑っちゃいそうになるんだけど、笑っちゃいけないんじゃないかって気もして一人で見ながらなんとなくもんもんとした気持ちになる。

こうゆう自己規制みたいなものの同じ働きとして、家で朝日新聞をとっていてその中で一番たのしみになっているのは土曜版のbeという本紙とは別冊的についてくるページの「悩みのるつぼ」というコーナーなんだけど、なんかこれを楽しみにしてるなんて人の不幸というか、人の様々な苦悶を楽しみにしてるみたいでなんか嫌なひとみたいだなぁともつい思うからか、土曜の朝は新聞がいつもより楽しみと思いつつも一番最初から悩みのるつぼを開くことがためらわれ、なんとなく遠回しの順番におきつつも、こころのなかでは実ははやくよみたいという気持ちがあせっているような気もするという。しかし考えたらあほらしいので最近は他の誰かに青beが読まれてない限り(たいがい父の次に起きてくる私にはbeがのこされているのだが)とりあえず悩みのるつぼに直行することにしている。それでもなんとなく悪い気がして(ものすごく不透明な誰かに対して)さりげなくおなじ見開きページの他のコーナー読んでからにしたりもする。あほくさいのだけど、自分で自分をみつくろう行為をしてしまう。

それでこの私がだいすきな「悩みのるつぼ」だが、はじまって2年くらい経つのかな、はじまってしばらくしたころには読者からもっとふつうの内容のものをのせるようにとかいうおしかりもきたとかって紙面に書かれてたけど、いやこれこそリアルでおもしろい人間がえぐえぐしてる様ではないかと思った。ここで扱われるお悩みはさらりとした内容ではなく、こりゃ簡単に人にも相談できないよなーって感じもするものが多い。もしくは人にいったとこでうまく回答してもらえる確率はすくなそうだと思ったり。新聞でこんなどくどくとした濃い人の話を見てしまっていいんだろうか的心理がうまれることが、上に書いたように私に楽しみにしていいのかしらんと思わせるわけである。しかしここを読んでると世間はいろんな人間の色んな事情でごったりかえしにえくりわたってるんだなと確認する。

そしてそれにいやらしくも完全マニュアル的に詳しく指導をしたり(おかだとしお)、ばしばしずいずい真理をついていったり(本当に真理かはわからないが)(うえのちづこ)、もはや掲載された個人のお悩みのみでなく全ての人の悩みに対応できそうなでも真似できない境地を提示してきてずーんとなったり(くるまたにちょうきつ)、といった回答者の文章がすんごくおもしろい。何曜日だったかの夕刊に若者の為のおなやみのコーナーがあって(たしか年齢制限20代までで10代の投稿がおおい)私はこちらも好きだけど、こちらのほうが内容がもちろん違うのもあってか回答者もまじめに真剣て雰囲気をのこす。よりそうようなあたたかい言葉がのこる。悩みのるつぼの回答者もかなり真面目に確実に答えてくれてるんだけど、こっちはおなやみがお悩みだけに現実がずばずば言われ示され突き刺され、お悩み内容にほおーとびっくりもし、回答にはもっとびっくりというか、うへえーと感心したり、ひいたり、なんじゃそりゃと思ったり、あとはなんだろ…。そうゆう考え方があるのか、と知ることになることが断然多い。金子勝さんの回答は上にあげた三人の極端に出る面が統合されてるかんじかしら。4人でまわしているのだけど、ときどき投稿者から回答者が指名されたりするのもおもしろい。みなさん定められた時数内でよくうまいこと回答を示せるものだとおどろく。

私は車谷さんの回答が特にすきだけど(そうゆう人多いのでは)、少し前の回答で私はなるべく早く死にたいと思っております(車谷さんは丁寧語をつかう。この文体も回答者によって違うのを楽しめる)といったことを書かれていて、うほおー!と思った。私もずーっとそう思っていて、でもそう思って生きてるってなによそれとも思っていて、うそなのかな、つくってるのかなとかも考えるけどでもそう思ってることもたしかだよなとも思っていて、でもそう思いながら楽しむこと楽しんだりして生きてるのはよくない悪い人間かなとも思っていて、そこに車谷さんの発言がきた。まあ私は同じレベルでまで言えないにしても、これ読んだ時はなんかほっとした気持ちになった。

いろんな年齢、立場、性別などからうまれてくる悩みや苦悩は色んな形で無数にあるのだなあと思うし、自分が接している接してきた世の中ってほんとちょびっとなんだなあと思ったり、現在無数に起こっている世の中の様々な出来事をすこしリアルにだったり身近に感じられたりするのかもしれない。こんなにるつぼで書くつもりもなかったのに。

アスパラ倶楽部に登録すれば記事が読めるらしいけど ネット上でも検索かけるといくらか触れられる。https://aspara.asahi.com/blog/ArticleList.do?siteId=ff80808126d71c7d0126fdb6e3d806b5



昨日は連れていかれて一年ぶりに病院へ。道端で行きたくないと地団駄ふんでしまうよな私はせけんの目から笑われてしまう。でもなんかそうゆうのべつにあんまりかまわない自分がいて、いやそれはかまうべきなのか?という疑問。かまえなくなってることがもう遅いのか。だってよのなかには私よりへんなひとなんてたくさんいるもんというおもい。
なんでこんなに嫌なんだろうかわからない面がある。お金がかかるから嫌、だけじゃないと思うなにか。自分を口に出すことがこわいし、何か言われると思うとこわいし、そのこわいは全部もやっとした不明瞭な景色なのにもやっとしてるだけで逃げ出していってことなのかな。ほんと私はにげっぱなしの生き方なので、気をつけてはいるんだけど、それを無視する小僧がまだいなくなっちゃいない。むしろまだ元気?
さてカウンセリングなどどうしたものか…。私は長続きができないのが悪い。成果が出てこないと自分は無意味なことをしてるんじゃないかと不安になって放棄してしまう。しかし先生の言うことは説得力があるのでまいってしまう。やっぱり今まででいちばんよいお医者だなとは思うのだけど。親などから言われても自分の考えを固持してどんだけでも否定にいくのだが、適切な第三者の口から物事を言われると、自分の極端にかたよった(ということは一応認識している)考え方がたしかにまあおかしくて正しい見方があるのだと受け入れられたりする。これふしぎ。まあ誰にでもできることじゃあないのだろう。とくに医者嫌いの超頑固なプライドつんつんしてる私においてと思うと。