液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

うーん。訓練校にて、グループワークがうまくいってなくて終わったあとで言い過ぎたかなとかもっと違う言い方ができたんじゃないかとかあれやこれや後悔の念がきまくる。うう、いやなやなやなかんじばかりの到来の重たさ。おもー。はあ、と沈みゆくため息もでそうででない。すべて私の中であわぶいている。

あまり感情的にはなりたくないし、きついようなことも言いたくない。それは単純に人を傷つけるようなことをしたくないということ。言うべきこともあればこちらが我慢して意見を汲んだりする必要もあるとは思う。言っても理解されないというか、もう気質としてできあがってるからなにをいってもむだみたいなこともあるんだと思う。
がしかし、どうしてもグループワークという少人数でひとつのものを作り上げていかなければならない、意見をだしあい考えあい伝えあっていくなかで、コミュニケーションがままならない人、基本的な人との関わりあいができていないというか、しない人は、もうなんかわたしすごくだめなんだなあ。いらっときてしまう。なんでそんな対応しかできないんだろうかと腹がたってしまう。こっちが折れて聞いてあげたりなんなりしないといけないというのはもう単純にめんどくさいしあほくさいしやりずらいし骨が折れる。でもなんやかんや言ったってそれは私の勝手ないいぶんで、相手は相手の言い分があるんだろう。それを勝手に私の意見だけ押しつけても違うんだろうし。
でもなんか今日も結局そうしちゃったかなと思うとものすごい後悔と罪悪感と。 クラスの人に私が思ったことぜんぶを言うにはまだそれほど許せる人はいないかなと思うし、そうゆう時間もなかなかない。なんかもう根本的によくわからなくなってきた。どうやって対応してどうやりとりすればいいのかわからない。なんかどんどん仲が険悪とまではいかずとも気まずさが生まれてきてしまうような。それまでラフな関係だったからよけいに。
うーん、どうにかせねばだけどどうなるもんかな。ああこんなに根本的な物事の捉え方がちがう人とも作業しなきゃいけないとはなかなかの試練だなあ。はたして八月までうまく形にしていけるのか。やるしかないなあ。しかし荷がおもいー。自己嫌悪ばかりはつらいよ。