液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

どうしようかなーともやもやしてたのだけど、えーいっ!!と決めた。モーサムのツアー最終日、リキッドルームに行くことを決めた。のは13日のその当日17時近くだったような。そもそも最終日が13日というのを当日知ったわけで、ツアーやってるというのもたまったま一昨日くらいに信頼できる方の大阪レポを読んでむむっとこれは最終が東京であるだろうから行けたらいいかもくらいに思ったのだ。もしかしてもう終わっちゃったかしらと朝しらべたら、今日なんだからびっくりした。はやわー。

もう久しぶりすぎてドリンク代500円かかるのとか、チケット買った後に思い出したもんなあ。もうかれこれ4〜5年もモーサムを見ていない。音源たちも知らない。これまでに何度かモーサムのライブ見に行きたいな、行こうかなと思うことは何度もあった。でもなかなか決定的にならなかった。わかんないけど、モーサムだけでなくライブから遠ざかってしまったりした色んな距離感のせいが大きいのかもしれない。絶対に行かなくちゃ、とまではなれなかったのだ。ずっとずっとそれの繰り返し。思ってはとどまり、すぎさる。

そんなんがあほらしくなったのかもしれない。あとは、舞台の浮標を見に行って生というものに久々にふれてそれにやられてしまった、やっぱり生で見聞きするものってたまらないと感じていたところがあって、それが後押ししてくれた気もする。加えて最近いすわるもやもやもやもや。今週は特に毎日がゆううつで、生理だからゆううつか?関係なくゆううつか?家の中での自分の態度の悪さも最低だし、来月あるインターンシップを考えればゆううつ、その先の就職を考えればはたまたゆううつ、一体私はなんなんだ…とぐるぐるループになりはじめてみんなみんなくそったれーな気持ちになっていたからそやつらを吹っ飛ばしたい気持ちの後押しもあったような。

だから考えてみると本当に色んな偶然が重なって、私はモーサムのライブを見に行けたんだと思う。先週ユニクロジーパン買ってたら行かなかったかもしれない。そんな簡単でささやかであほらしいような色んな物事の積み重なりのような。

でまあ久しぶりすぎて開演時間ちゃんと見てなくて勘違いして30分くらい遅れて行ってしまったのだけど、まあちょうどには始まってないはずだから、勉強代?と思ってと反省しつつフロアへ。
なんかもう最初の印象から、あ、かわっとらんなーという感じで、変わらずかっこいい音だしてライブしてるんだなというのが途中から入った身にすぐに感じたこと。ほうほう噂に聞く四人体制、ドラムはサポートの人、ドラムを叩いてたイサムさんがギター弾きになり、センターにタケイさんがいてとな、って、モーサムの三人が横並びにステージに立ってるこの図のなんて面白いことかと気づいてしまったら笑いがこみあげてきた。うわーうわー昔は強固な3人のトライアングルががっしり組まれていたのに、今じゃそれが一直線にならんでいる。なんなんだきみたちはーみたいな面白さ。
考えてみれば私が見てたころでも色々な試みがあって、タケイさんを押し出したりイサムさんが奇怪だったりもあったはずなんだけど、それでもやっぱり組細工みたいにがしっと三人が内に向かって組み合わさってるバンドの印象が強くある。あたりまえか。

しかしそれが崩れている。でもそれで今こんなふうに演奏している。なんつうことか。三人が横並びにステージに立つと、こんなに自由になるのか。へえ。へえへえ。いやしかし考えてみるとかなりすごいことだよな!?と見ていて気づく。だって、もともとギターをひいていて作曲もしていたとはいえドラマーをやっていた人がドラムじゃなくてギターをひいているのだ。同じバンドで。ドラムはサポートメンバーにさせて。なんなのそれ?!って今更思ったりもする。でも見ているとそれはすんなり受け入れられちゃったしなあ。イサムさんがなんでもできちゃうのは前から知ってたし、こんなんになるのも自然な気さえしてしまう。でも、でも改めてよく考えてみるとこれってやっぱりすんごいことだ。おかしい!変態的!でもモーサムだから可能なんだなあ。すごいなあ。意味はわからんわあ。

昔の曲も今の演奏手法に整えてあるとは読んでいたものの、はたして昔の曲がどんなふうに聞こえてくるのかどきどきしたところ。未来は今が変わってなくて、変わってるんだけど、変わらないかっこよさがあってすごくうれしかった。ねばりひくようなギターとベースのそうそうこの音このおとーーーっとコーフン!耳が私の耳が脳味噌が身体がおぼえとる。そりゃおぼえてるよなーとか一人でにやにや。

知らない曲たちでももとイサムさんのツインギターだとどっちがどの音とか正確にはわからないんだけど、それでもなんとなくももはこうゆう音ださないよなぁとかみたいなそんな感じで聴けたりもして。もものギターの音、私ちゃんと覚えているのかなあ。わかんないけど。ももは相変わらずのギターさばきっぷりでよかった!なんていうか、ロッカーとしての正当な象徴的なイメージを担ってくれているというか。そう思うとモーサムの三人のバラバラさはやはりすごい。それぞれがそれぞれのスタイルをゆく。それがバランスの絶妙さでもあるのか。昔からそうだったといえばそうなような、でもそれが三人がならんで立っていることでより一層そうなっているような。

ただただ単純に、十年前からずっとバンドとして活動し続けていることがなによりもすばらしいと思った。そう、ちょーど私がライジングサンではじめてモーサム見たのが十年前だ。今でもよくおぼえている。かっこよかった。そうだ。モーサムだけじゃないけど、あのころ私は音楽のかっこよさにほれていたんだなあとなんかはじめてわかったような心地になった。はなれていたぶんそう思えたのかもしれない。

シロップに対しては特に思い入れが強かった十代のころ。それはなんでだったかといえば、シロップは何かを好きになるという点で一番最初に色んなものを与えてくれて、だからすごくしばりつけていたかったんだろうな。変わらないものであってほしかった。完璧なものであってほしかった。そんなふうに、いつしか考えられるようになっていた。年をとったんだなあの大きな証拠。

そのころはそんなこと何もわからなかった。ただただ好きという気持ちだけ。単純にそれだけと思っていたけど、そうじゃなかったとこも色々あったんだ。ああ、ばかだなあ。ばかだなあ。もっと素直に純粋に好いていればよかったのに。なんであんなに文句ばかり言って、つまらないことばかりつついて、だめなところを見つけるばかりみたいなことをしていたんだろ。そんな後悔みたいなようなどうしようもない気持ちになったりもして。もし、もし今の年齢でシロップに出会えていたらと考えてしまったりして。

どんな風に聴けただろうか、どんな風に思えただろうか。だって、16の時にはあまりに色んなことがわかっていなかった。それはそれだけど、でも今の時点でも聴いていたかった。今の私で聴きたかった。かなわないことだけど、ついそんな風にも思ってしまう。今ならどんなシロップだって受け入れられる気がするのかもしれない。

モーサムはシロップとは違う接し方だったから、特別昔の聴き方はこうだったみたいのはない。ただ、見ていて色んな事を思った。一番あっそうか!と思ったのは、この人たちは私にとってなまなましい大人であったのだ。昔は音楽で生きていくこと、食っていくこと、音楽をやり続けることを選択している人間のリアルさなんてこれっぽちもわかっていなかったはずで。今は年をとったぶん、いろんな想像をめぐらせられるようになった。ほんとの大変さとか実情なんてのは相変わらずわかってないけど、でも、音楽を人生にして生きてく、食ってくっていうのは大変なことであると思う。そんなことを考え出したらあつくなった。

でもわからなかったからこそ、それはそれでよかったのだ。あの人たちはただ音楽をやっている人として私に映ってた。ただただ生々しいありのまま。それはきっと私にとってひとつの大人であり人間像だったんだ。おとなだった。でも、今はさすがに私も大人といえるほどの自立した生活ができているわけではないとはいえこどもでは明らかになくなったわけで、モーサムの三人を見る目がだいぶ変わっているこの現実がなによりそれを現している。

あの人たちは私にとっての大人だったんだーって気づいた瞬間、もう色んな事がずごごーって崩壊するみたいに流れ出した。昔あの人たち30くらいだったから、今は40ってことかとか、つうか私が昔のあの人たちの年に近づいてるのかとか、その年齢でこんな音楽に到達できてるってすごくない?!とか、体力的に大丈夫なのかと急に心配になってきたり、40っていうのがあまりに信じられなかったり、私とモーサムの年齢差は確かに永遠に変わらないけど私が年とるのもまあいいけどモーサムが年とってるのが若干信じられないみたいな、やっぱずーーっと30くらいの人たちって印象がつよいなあ。途中はなれちゃったからちゃんと一緒に年とってってる感がずれちゃったんだなあ。

ああ私モーサムすきでよかった、またモーサム聴ける自分でよかった、モーサムがつづいていてくれていて本当によかった。こんな奇跡みたいなこと、いやすでに私には十分奇跡と思えることがあって、いてくれて、ほんとうによかった。この人たち、尊敬に値する。かっこよすぎだばかー!かっこよくてさいこー!

しかしやっぱイサムさんの姿かたちはかっこいーなーとふつうにほれぼれしたり。男の人の姿かたちでほれたのって、そういやイサムさんが最初だったのかもと思ったり。ドラム叩く姿がうつくしくてなー。ももはわかりやすいつかみやすいかっこよさみたいなとこ担当でもちろんもものあれ全てがなくちゃだめで、タケイさんは自分でも無自覚なとこでずきゅんともっていかれてしまう魅力さで、イサムさんはどうしようもなく本能がびびっとほれてしまうみたいなかんじが昔からある。そんなとこも全くかわってなかったなー。

イサムさんのドラムがかっこいいのはちゃんと知ってるから、ドラム叩かないのは残念とも言えるけどでもなんかYouTubeで昔の映像見るとやっぱかっこいーってのと同時に今は今でまたかっこいいのも確かだ。今のあの具合は絶対だ。あそこにたどり着けたことがすごい。だからあんなにお客さんと合致したライブになってるんだろうな。選択肢を広げられて、より繊細により自由に、やりたいことをやっているのが明確に伝わってくるようなライブをしていて、すごいな、かっこいいな。なんかひさびさに身体の奥底から全身にみなぎるまでに何かをかっこいいって思った気がするくらい。絶対だ!

スマホからとぎれとぎれに書いてるせいかもう思いついたこと順に書き流していくので精一杯だけど、ライブで一番うれしかったのはGREEN&GOLDがあったこと。ずっとやり続けてる曲になってたこと。あー、かわらんものが見えるーと思った。
私の中ではこの曲は恵比寿ギルティで見たときがはじめてでそれがすごく印象強くなってるのかと思ってた。でも日記読み返したらちがうやん!もっと前からライブで聴いてるんじゃん!記憶ねつ造してたなあ…。まあでもその恵比寿のライブがすんごく印象強いのはたしか。その時見た、感じた情感はなぜか忘れられなくて、なぜか日常生活のなかでもふとあのときの感覚が蘇ることがあった。モーサムにはいくつもの側面がある、いろんなものをのみこみ吐き出すバンドだけど、そのなかでも確実に音のつぶつぶがきらきら光ってるのを見ることができる曲と思う。みんなでそれを観測する会みたいな趣がライブにはあるんじゃみたいな。まだタイトルも決定してないようなころから見てた曲。そんな曲が時間を経てもあんなかっこよく演奏されてるのが単純にうれしかったなー。しかもイサムさんが簡易ドラム叩きになってて、その後ろ姿がなつかしい!美しい!神!みたいな感じでなおさらコーフン。ももの声が歌が、なつかしかったなぁ。いい声してるよあんたーと上から目線で思うこと
しばしば。

昔の映像みると、やっぱ三人がかっこいい。今とは全然ちがう。今はなんかものすごい楽しそうで、三人が。私が見始めた当初はもっとこわーい人たちだったもん。アンコールなんてやらなくて、ワンマンだって二時間なんてないない。曲間だってぴりぴりした雰囲気のあるライブだった。今じゃそれがすごく友好的で、聞かせることでも見せることでも楽しませようっていうようなとこがぐんと高くなってる感じがした。三人が横並びなだけでおもしろいしなぁ。


あまりに色んなことが考えられすぎてしまって頭がぱんぱん。すでに月曜日なのに。年内でまた見れるだろか。ワンマンってチケ早くにうれちゃうのかな。わからん。しかしまた行きたい。わーーー