液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない


ツタヤで借りた「週刊真木よう子」の1~4話を見た。1話には田中哲司が出演、4話は山下敦弘が演出している。テレビで放送されてるときは二回分くらいしか見れなかった気がする。中村達也が出てるのとか。まあそれが2話であったけれど。

田中哲司の役はいい役だったな…。ほぼ真木よう子と二人だけの芝居。くは、かっこよかー。演出を細かにつけられているんだろうけど、ひとつひとつの表情や台詞の言い方とかがなんだか絶妙だ。怪しさと誠実さがいっしょくたになっていて、なにそのかっこよさは。うまくはまってたなあ。いつ見ても背が高いだけでかっこよさアップみたいなところがニクい。
そしてとにかく真木よう子がいい女すぎる。体がすばらしすぎて同じ女とは思えない。実際もはや違うものですと言うしかない。
ポラロイド写真がえろい。すばらしいな。
4話まで見てもっかい1話見返すという。30分とかだと気軽に見れていいな。vol.2と3も借りてみよう。長塚圭史のとかもあるのね。井口昇は脚本の話も出演の話もおもしろい。こうゆう楽しみがいのあるドラマはやっぱりいいな!


久しぶりに自転車にのったら案の定空気ぺたーになっていた。まあいつものこと。猫の餌やらを買いに行った。夜に一人で自転車をこいでふらっと近所に買い物に行くとき、滅多にないんだけど、その滅多になさがいかにも一人暮らしをしていたころを思い出させる。自転車がないと生活が厳しかったからいつもどこへでも自転車にのった。家へ帰るには自転車にのった。ふらふらと、歩く人も自転車をこぐ人もたいしていない、夜道における車道に光る信号やらの色味、看板やらの色味が目の前をてらしていた。車の音。自転車にのる時間。それは自分にかえる時間のようで。部屋に入ってしまえばまたそれは違う私になってしまう。生活する私に。けれど自転車にのっている間はすべてにカーテンをひいたみたいな幕引きがあって、一瞬間誰からも見えない世界へと引き離されているみたいなそんな感じがあった。とくに最後の左折からまっすぐの距離の時間において。むー、まぶたがぺたぺたしているせいかうまく言い表せない。
しかしもう随分かけ離れてきてしまっている。過去になっていく。遠い過去に。そしたらどんどん忘れていくんだろか。曖昧な記憶になって、思い出す回数も減って、改竄された記憶になって、適当に消え去るんだろうか。なぜ覚えている記憶と覚えていない記憶とを選別できるだろうか。ただただ遠くなっていくそのことが胸くそわるい。