液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

昨日はワタリウム美術館にもう一度坂口恭平見に行って、外苑前から渋谷にもどり、クアトロでモーサムワンマン。ああたのしかった、たのしかったよ私は。終わってしまってかなしいよ。またこんど次にモーサム会えるのはいつ?来週はアルタード他見に行くからいかれない。次会う予定が決まってないなんて、かなしすぎるよね。はやく次の予定がほしい。あるだけでいい、日程があるだけそれだけで生き長らえるのに。うわん。
ひとまず今その気持ちだけを書きたかった。一息だしておきたかった。なんだろうな、モーサム見てるとほんと一瞬一瞬がいとおしいような、生まれては死んでゆく瞬間の連なりが時に痛いくらいに描き出されてるみたいだと思うんだ。この人たち、こんなんじゃ早死にしちゃうんじゃないかみたいな心配になる。どうしてこんなにもこんなにがむしゃらにむちゃくちゃにまっとうに真剣に本気で本気でなにかを音楽をやりぬいてしまうんだろうかって、切なくなる。だから、すごく生きるそのものを感じる。なんか三人および四人してアフリカの大地を疾走する野生動物みたいだもんな。って、さらっとしか書かないつもりだったのに。またもうちょいふみこんで書くけどまずは言っておきたい。ももがんばったな!私は感動したよ。もものダイブ、ころころあまりにきれいにまわってて、私には恵方巻に見えたのがまた面白かった。前方ファンのみなさまえらいなあ。イサムさんもかっこよか、タケさんもちろんかっこよか、ほんとモーサムはみんなかっこよくってすごいんだから。誰も地味じゃない。おれがおれがの波にもまれている。


今日は都現美にむかい中。清澄白河はあまりすきじゃないんだが。さっさと行って帰ってやらねばならぬこと沢山あるだろう。