液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない


未送信メールフォルダにいつ書いたんだったかもあやふやになるようなメールがいる。でもたぶん一週間前くらいだなきっと。働くということをしてみていると、なんだか、なんというのかよくわからないが、よくわからない得体の知れないしばりみたいな決まり事みたいなものものに遭遇して、それは私からしたら得体がしれないがどうやらそれでまかり通っているらしいからスタンダードであるみたいというようなちぐはぐさに私が変なのか世間が変なのかようわからんことがたびたびある。それそのことが働くという環境や態度や人付き合いなんだろうか。なんだかよくわからないわからなさみたいなものに巻き込まれている気持ちにはなる。まきこまれ、うすくのばされ、のばされ、小さな一分子みたいになってそのまま消えていくんだろうか。わたし大丈夫かな、ちゃんとできてるのかな、これでいいのかな、この先もこんなんでやっていけるのかなと思う。しかし誰にも聞きようのないことで、あやふやだ。自分と社会とがまだちがう波としてばらばらに、あやふやな境界がそろわないでいるかんじ。まだ遠いみたいに。私がおかしいのか、みんながおかしいのか、なんだかよくわからない。わからなくて少し困惑する。


自分の頭の悪さというか理解力の悪さとかに頭がぐらぐらする。してくる。しにたくなる。そんなささいなささやかなことで。そしてまたそんなことを思うような自分はばかげているし、軽々しくあまったるくあほだなあと思う。人生そんなんの繰り返しなのかな。ますますあほだな。まあでもしょうがないか。あほはーあほのーうーたーうたうーって山本さん歌ってるもんな。ああ山本さん(精一)のライブ見たいなー。ソロアルバムがそうだほしかったんだった。YouTubeで聞きまくっているが。私16のときに山本さんのソロアルバム聞いていいなとよく思えたなあと思う。ヴィンセントアトミクスとかも同時だけど、ときに不思議に思う。しかし難しいことでもなんでもない。ただ純粋に、誰も知らないような森の奥にある透明な湖みたいな透明な純粋さでそれらは試聴器のヘッドホンから鳴っていた。今でもその光景をよく覚えている。何回もその試聴器に通った。音楽を聴くために、音楽を知るために。そこは世界の救いのようだったんだなあ。しかしついにその場所もなくなった。あそこのWAVEがなかったら私の趣味は違ったかもしれない。あそこできらめいた私だけの思い出を私は永遠にだきしめていたい気がする。
お給料もらったから、野音チケを買おう。ろぼを見て、もう11年目になるなんて、しんじられなんだ。ろぼなんて、いまだに知らないような気分だな。ろぼには親密さは感じないからな。芳垣さんには感じても、だ。でも私はろぼで育ってきた。ろぼがなければ知らないこともたくさんあったはずだ。ろぼというと、なんやもうそれだけでいつも16歳にもどったような気分だな。メンバー誰一人年とった感じもしないしな。ふしぎだ。