5月26日 MDT FESTIVAL@日比谷野音
たぶんおそらく6回目くらいではないかと思われるの参加。ROVOはもう十年も見てるんだ!なんかふしぎでしょうがないけど。まさか十年なんて時間をろぼで感じるなんて。ろぼ自体がながいながい時空間を感じさせる音楽だから、そこに私の自分の時間がのっかり重なるみたいなところがたいへんふしぎな感覚。そうなってくると、なんか、ものすごく大きな時空間に私もまぎれこんでいる感じがするからだ。ろぼの音楽には大きな過去と未来とをふくんでいる感じがするから、ろぼにのっかって私もその中をサーフィンしてるみたいなんだな。
私が知ったときすでにろぼは、ろぼの人たちは有名な人たちってかんじで私は初心者であったはずが、今じゃもうなかなかよく存じ上げている!まさかまさかこんなことになるとは11年前には予想もしなかった。こんなにずっと聴き続けさせてくれるなんてなあ。ろぼはさー、やっぱりさー、みんなすてきだー。というか、私の時間のなかにろぼがくみこまれているのか?

1曲43分のPYRAMIDはこれまでに見たろぼのライブのなかでも相当インパクトがでかかった。よしあしはろぼでは語りにくい気がするけど、それでも今までに体験した中ではあんなのははじめてだったほどの曲の大きさを感じたのはたしか。PYRAMIDはじまるよってなったら、ゆっくりとした足取りで優雅に暗闇におりていくように、なんかもうちょうどよすぎなほどに夕日から夜の空気、色へと空が落ちていった。誰かが操作しているみたいに、まるで急に。なんかそのときは言葉にならないきゅっとした肌触りを感じた。しんとしたすっぽりぬけおちた世界みたいだった、あの野音だけ。
ゆらりゆらりと歩き始める、そのうちまるで天国か地獄かはたまた異界への背の高い高い両開きの扉がひらいていくみたいな景色がsalyu×salyuの声で見えた。あった。そっから。
ステージから、とてつもないエネルギーが生み出されてくる。見えないんだけどめっちゃ見える。だからやっぱり見えるんだと思う。なんだろうなあ、ただの音じゃなくてよりもっと見えるような具体的な音として現れてくる。それは本当に一つの生命体のような時間の音楽。その鼓動のなかにいるよう。音を聞き、踊るんだけれどもはやそれが息をしているみたいにふつうの動作になってゆく時間、なっている時間。くりかえしくりかえし、つみかさねつみかさね。山本さんのギターがたまんない。繰り返されるフレーズ、しかし全体はどんどん変わってく、電車の窓の外の風景が過ぎ去っていくみたいに。ずっとそれにのっていくんだ。そのリズムに。その変わっていく風景を眺め続け、ながめつづけられたその先にある世界はやっぱりそれがろぼじゃなきゃいけないところ。魔力だなあと思うのはやはりそこにいくには時間が必要で繰り返しが必要でそこで鳴ってる音楽にちゃんとつき合っていかなきゃそのはじけるようなぶっとぶような世界は現れないのだろうということ。音があったとしても世界は開かれないのだろう。わかんないけどそうなんだと思わされる、
そうゆうゼロからはじまってどんどん建築されできあがった見える人だけが見える、見たい人には見える世界。それはほんとうに頭がはじけてしまうような、激しい光が頭の中で放たれるような自分がどこかはじきだされるような感じ。それは息苦しいわけでも痛いわけでもないんだけれど、普段は行くことのできないところで、だから死みたいなかんじがする。うわあ!と見たことも知ることもない浮遊空間へ体ごと両足のひざをまげて大ジャンプみたいな、そのジャンプの瞬間だけ突然やってくる。どこからジャンプしてどこに着地するのかもわからない。その瞬間だけ切り取られさらにそれが連続してやってくるのがPYLAMIDだった。だから、うわ、うわ、うわ、と何度もしぬしぬ!という感覚を味わった後はなんだか泣きそうな気分に。それはもはやなんでこんな音楽をこの人たちは奏でられるんだろうという畏敬の思いのような。ろぼ野音のときはおさえられず叫ぶ。抑えられないあの感じ。すっこいぞわぞわわくわくする。そしてそれはなんかああ私にもこんなにも生を露出させられるエネルギーがあるんだなってことを自分で叫び自分にぶつかり返ってくるみたいにして思わされる。
しかしやっぱり私は眺め続ける永遠のような時間がすきだ。じらしとかとも今じゃ一切思わない。むしろその時間が大好きだ。どうしてどのようにしてそこまでゆけるのかを丹念につぶさに聴き続けることができる幸せ。山本さんから勝井さんへフレーズが移行していくかんじ、その受け渡しみたいな、時間と音とが絡み合いながらすすんでいくその感じが頭の中をどんどんふくらませてくる。
もう終わり間近になって、すこしだけどツインドラムソロがあって(たぶん)やはりすかさず叫ぶ。むっきゃーよしがきさんー(心の叫び)。あうあうあうあうあうという気持ち。ユニットとかで見るより野音の後ろの高いところから見る二人はやはりとってもとっても美しい。本当に美しいなって。森の中にある湖の水面にうつる木々の美しさみたいに。
リズムのたのしさがろぼにはある。そうゆうふうに感じられるのはやっぱろぼの人たちの音楽に親しんできたからなのかなと最近は思う。ろぼの音楽は水みたいにすんなり私の中に入り込むし、私のなかと中和する、すぐに、私の体の中をろぼの音楽はすいすい泳ぐのだ。そんだけのなじみ感ではあるけれど、でもだから予定調和ってんでもないし、ろぼが入ってきたときこそ私のなかもみずみずしくなる感じ。ろぼがいつも浄化してくれるみたいな。なんやか年々ろぼの印象が変わってゆくなあ。いつもいくら語ろうとしてもするするぬけてしまうし、とらえきれないのだけど、それでもようやくマシになってきただろうか。今ではろぼの六人の音が本当によく聞こえる、見える。その実感がすごく大きい。あー、私もすこしは大人になったかもーみたいな気分だ。いやでもまだ10歳くらいのかんじ。ろぼはまだまだこれからもっといけるんじゃないかと私は思う。まだまだ描ける、開ける扉の先がある感じがする。私はもっと見たい。もっとろぼの音を聞きたい。
ろぼのライブはつかむことも抱え込むこともできない一瞬一瞬。あとで見返してあたためなおそうとしてももうない。それはそのときにしかなかったもの、その時その場にいて体が受け止め感じるしかできなかったもの。その時にしか起こりえず発生せずその時にしか抱きしめられなかったもの。終わった後、そんな切なさと喜びとがいりまじった。でもそれはやっぱり喜びかな。
そんなわけでむちゃんこ楽しかったー!なんか今年は音がすごくよく聞こえたかんじ。勝井さんより山本さんの音の方がすごく耳に流れ入ってくるかんじで、それは何かによるものなのかなんなんかはわからん。しかしっ、山本さんのギターやっぱかっこいいなー!いつも思うわけだが。むっきゃーと身体がよろこんでしまう。ちょうどアマゾンでラプソディアを購入したところだったから今はにやにやと山本さんのギターを聞いている。
今年はゲストのsalyu×salyuもOGRE YOU ASHOLEもどっちもすばらしかった。特にOGRE〜はこないだスパデラで見たときよりまた格段に良い味わいがあった。野音もすごく似合っていたし、ろぼ客相手にあんだけがつんといけるのがかっこよかった。おもしろいなー。ああもう一週間書き続けてていみわからんくなってきたし他のこと書きたいしそろそろおわり。