液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

早くに仕事をあがれたので本屋で立ち読み。
和歌山に行ってみたいので旅行本をのぞく。まあなんかどれも似たようなものだが。やっぱり旅って自分の足で行って自分で見てなんぼというか、そうじゃなきゃほとんどなんもわからず、ただ求めたってなんもないのかもしれない。うーむ、和歌山か青森か。瀬戸内国際は混み混みなんだろか。
そのあと大本命、本命すぎて実は一番に足を素直に運べなかった音楽と人を発見する。五十嵐さんの記事があると知ったから。目次でしらべ、ページをおう。あった。写真が五枚かな。四枚目見て、おもわず鳥肌があがった。五十嵐さんぜんぜん五十嵐さんだったし、むしろ昔より若々しくも見えるような、げっそりもしてないし汚くもなってないしなんか、なんだ、私の知ってる五十嵐さんのままで、ギターをひき、歌をうたう人の姿だった。昔、昇華って正面に書いてあるtシャツあったよな、私もってたもん、今なら自慢になったかななんて思ったり。金光さんの文章は相変わらずいいなと思う。へんにこねくりまわしたような言葉遣いでなく、ふつうの、あたりまえの言葉でファンと五十嵐さんとの関係や距離感を言葉で表している。一リスナーであり、一ライターであり、またなにかでもあるような。なんか久々に音楽雑誌開いてふるえたぜ。
その後もあれこれ立ち読みしまくり、中上健次の岬を購入して帰宅する。トランジットと暮らしの手帳が家ではまっている。これらはゆっくり読む。