液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

山本精一さんの新譜LIGHTSレコ発ライブを16日の金曜日、高円寺ufo clubへ見に行った。なんてゆうか、念願かなったりなのだ。山本さんのソロライブを見るのは。10年前から山本さんのライブは見に行ってみたかった。羅針盤だってそう。でもなんか場所がいつも行くライブハウスとかとはちょっと違うとこで、なぜかそれだけで足踏みした。それだけじゃなく、なにか畏れのようなものもあった気はするが。そんなふうにしてずるずる。それでも最近行ってみようと思い始めるもなぜかなかなかなかなかぜんぜん自分の都合とあわない。先月だって秋葉原グッドマンという平日なら仕事帰りにちょうどよい場所にも関わらず行かれなくてショックだった。しかしそんな10年の夢みたようなただの現実的現実がついにとうとうそんな日がお目見えした。まあ山本さんは私はよく知らん方々とライブするからよけい気安く行けなかったのもあるあるのひとつだ。

山本さんはさそそっと感じで登場。拍手でるのがなぜかやや遅い。でもぬらーっぼふぇーっとした会場空気はみんな山本さんの音楽を楽しみにしているけど気張ってなくてただ聴きにきてます聴かせてくださいって感じのゆるやかな雰囲気で山本さんは今日はクラシックみたいな感じでやりますとか、もともとクラシックの人間なんで…とか言ってはじまった。更に思い出したかのように今日はレコ発なんで、みたいなことを言っていたのが面白かった。このライブはLIGHTSというアコースティックギターによる山本さんソロアルバム発売のライブ。私はまあきっとよいんだろうからライブ聴いてから買うかなくらいのへろへろ気持ち。

新譜の曲を聴きながらうかぶのは、なぜか花のイメージだった。道に生えている花、山道なのか、田舎道なのか、あぜ道か、つづいていく道に咲いている花、いろんなような花々のイメージがわいた。曲でまた変わる。花がうかぶアルバムなんだなあと山本さんの完璧な音色のギターを聴きながら思った。ただ、最近はなにかそうゆうイメージが浮かぶことが自分のなかで疑わしく思えてきていて、なんだかよくないというか、いやというか、違うんじゃないかという気がしていたりして、だから、聴きながらもなぜか戸惑いのようなものばかりが頭をゆれうごいていて、そう最近はライブで音楽をどう捉えたらいいのかふらふらしていて、だから曲を聴きながらイメージをもつことに否定肯定否定肯定を行き来したのだけど、それでも花のイメージがわくことは確信がもてるものだった。
そしてライブ後、CDを売っていたのでLIGHTSを買った。山本さん画のバッチつき。それを丸の内線の中でとりだして驚いた。ジャケット写真が花の写真だったからだ。きっと山本さんが撮った写真だろうと思った。なんせ、いい写真だ。きれいだ。ずるいぜ。絵も写真もうまいなんて。とはいえ自分が初めて聴いた曲から花をイメージしていたらジャケットも花だから驚いた。買った時は暗いから写真の具体的なものはわかっていなかった。でも、ネットで事前にジャケットを私は見ていたはずだ。小さい画像でだけど、ぼんやりしたきれいな写真。でも、曲を聴いてるときにはそんなこと全然意識になかったし、丸の内に乗ってとりだすまで全く思い出さなかったから余計にややこしい。はたして、私は事前にみていたジャケットを無意識下では意識があったのか?だから曲から花をイメージしたのか?それとも無関係といえるのか?でも、ほんとうにほんとうに曲を聴いて出てきた、見えたのは大地に咲く花で、その風景が流れていき、曲によってまた違う場所に立ち、それだけは
嘘じゃない絶対だと思ったんだ。さてはて無意識と意識の謎にふいに唐突に出くわしてしまった。ああおもしろい。

山本さんのギターはやはりすごい。アコースティックで聴いたらやっぱりすごい。一本のギターから確実にはじきたされてゆく音のつらなりが、不協のような音域でさえもたしかな確固たる音としてはじき生み出されていく。そのひびき。音で家を建てているみたいな、煉瓦の家かのようにひとつひとつ着実に積み重ねられてゆくかんじ。ひとつひとつの音がほんとうにすごいんだあ。ぽろんぽろんという粒がものの形としてあるみたいにでかい!よく響いていて美しかったなあ。山本さんの生み出す美しさは美術工芸品みたいな鉄壁な美しさとかじゃなくて、激しさでもないし、でもそれはやっぱり山本さんの確立している世界のそこにしかなくそこに生まれる美しさなのかなあ。形容しようがない。ただただ今も、ギターのひびきが頭に胸に残っている。響きでていたなあ。あんなふうに音は鳴るんだ。心地よさとはまた違う音の世界。ギターの弦だけの世界。はじめて見聞きする世界だったんだ。

家でCDを聴いてライブを思い出す。やはりライブはすごかったなあと改めてあののろりとした当たり前みたいなふつうみたいな日常の延長のようにはじまり、流れ、終わっていったライブの時空間に思いをはせる。夢のような贅沢さだったんだなあとぽわぽわする。だって、ほんとうにきれいだったんだ。あんなふうに音がうまれてくるんだなんて、いいなあ。

アンコールではウィスキーのびんだかを持って登場。レコ発だからもう曲ないんですと言いながら二曲やってくれた。その前に今日は家でギター弾いてるみたいな感じでやっている、こんなふうに家で弾いているんですとか言っていて、ギターは楽器じゃない感じ、長くて20時間くらいひいてたことがあるとも言っていた。なんそれ、すごすぎ、どしゃーっと思った。楽器をこえた何かにもうなっているんだ、そうかそうか、そうゆうものなんだ。そんな話を聞けてかなり得した気分。

最近はモサムや芳垣さんのライブもことごとく行けない予定で悲しかったから行けてよかった。夏休み!