19日はMO'SOME TONEBENDERのRise from HELLツアー@渋谷クアトロへ。行く前に新宿に寄ってディスクユニオンモーサム9月リキッドルーム、その1週間前のポラリスdowny、the fin.の同じくリキッドのチケットを購入。どちらもリキッド11周年もののライブで、そうかもう恵比寿に移って11年もたつんかいと、新宿時代もついこないだな気がするのになあ、ああそんなにかいと思わずにいられない。
リキッドのモーサムはやっぱり見たいんだなあ。まあ好きな人たちがリキッドでやるなら見たくなる、要はそんなところ。ポラリスも昔、新宿のときにワンマン見に行ったなーなつかしい。そのころはリキッドばっかり行ってた記憶。

そしてディスクユニオンはしごしてdownyの4th、5thを中古で購入。なんか今急激にdownyにはまる。昔もライブ映像みていいなと思って音源も買ってたのに(2nd)なぜかライブには行かなかったらしい。なぜなのか謎すぎるが、でも昔はそこまでじゃあなかったのかも?はまっててもおかしくないと思うけど、まださほど聞きこめなかったのかも?なんかそんな気がする。スペシャとかでライブ映像見てステージに映像投射してるのがかっこいーと思ったのは覚えているけど、でもdownyもちょっとやっぱこわいよなあ。モーサム見てなんかこわそうだと思ってた私ならdownyにもそう思っててもおかしくはない。こわいっていうか、まあなんか知らない世界ってことだけれど。だがしかし今なぜか猛烈にライブも見てみたくなった。というか音源聞いてるのがかなりたのしい。8月のFEVERも行こうか。

さてモーサム。曲ごとに覚えていることは少ない。そこらへんわれながらシロップとの差は激しい。言ってしまえばそこには私のモーサムの聞きこみが足りてないんだなーと思って反省。モーサム聞いてなかった時間も結構あるから、まだそこらへんが埋めきれてないんだろうなあ。天国行くまでに改善したい。

思えたことは色々。思うがままに書きとめると以下になる。まず、イサムさんを好きなギタリスト枠にいれるかどうか問題だ。いれるのか?いれてしまっていいのか?しかしダブルアンコールのときだったかなあ、ももとイサムさんが2人肩並べて前にせり出てきてギター弾いてる姿はさあ、うわあーってちょっと言葉にならないものがあったな。それが自分でもよくわからないからややこやしい。この2人がならんでギターひいてるよ!と見りゃわかるのに誰かの肩を叩きながら目見開いて大口あけて叫んでしまいそうな気持ちに。あやうく肩とかくっつけちゃったりしないだろうかという妙なハラハラ感、あとちょっとでまるで仲がいいかのように見えそうなどぎまぎ感、しかし確実にあいている2人の肩の隙間からタケイさんが見えている、更に水野さんもちらちら見える。なんかもうやっぱそんなんが異様な図なんじゃないかっていう恐ろしさでありこんなことありえるんだということをいくら目の前にしていても受け入れきれていない証としての驚きであり嬉しさでありなのか、いやほんとうにわからない。だってやっぱりと考える自分がいるんじゃないだろうか。イサムさんとタケさんがぐるぐる周回ながら演奏してるのとかは全然違和感もないのに、ももとイサムさんが一緒にギター弾いちゃってるのはやっぱ改めて衝撃だったのかもしれない。そんでいてそれは夢の共演みたいなものにも見えた。要はそれってやっぱりありえないっていう感覚が自分のなかにあるってことだけど。だってねえ、星座でいったら火(イサムさん)と水(もも)の2人だし。でももう今はあれなのかなあ、なんだろう、個人としてモーサムとして見せることやることががっつりモーサム内では一致しているからそうさらっと互いに前へ出てくることができるのかなあと。役割分担みたいなものがないようであるというか。あるようでないでも、どっちでもいいんだけど。そこが今ライブとして見せていくモーサムの姿そのものなのかなあと。

なんかでも最終的にはろぼの勝井さんと山本さんみたいな感じに似ていたのかも。いや違うけど、どっちがどっちってこともないけれど、もうほんと比べようにも色々違うんだけれどちょっと近いもんだったかもしれないなと。最後にステージ残ったのが2人で、ももがギター担ぎ上げながら去っていき、お、まだ珍しくイサムさんいるなあと思ったらもものアンプぷちっと音消してあげて、観客からの拍手に軽い会釈するんだけど観客のほうはもう全然向いてなくてみたいな感じとか、ろぼっぽい感じしたんだよなあ。いつも山本さんと勝井さんが最後残るからその図の感じが。

ももは最近手ぶりによるパフォーマンスが多いなと思うけどそれはイサムさんいることによってギターはなせる部分が増えたからなのかな。でもそれらによるももの動き見てると昔より若いような感じさえする。というか、身軽にはみえる。昔と今ではあれこれ違うから比較できないけれど、ももはより大胆に歌とギタープレイを見せるようになったかんじがしてそこには余裕みたいなもんすら感じる。声は変わらない気がする。シロップ五十嵐さんはいくらか変わった気がするもんだけど、ももは全然変わらんのじゃないか。あんだけ激しく動いて歌って高音もきれいに出てるなんて、喉強いのかなとか思う。考えてみたらももは声悪かったときなんてないもんなあ。いや今回は私のなかではももがすごくよかったんだなあ。ここまで歌がすごくいいなあとストレートに思ったことは今までなかったのかも。一応前々からももの歌というか、歌う様はいいなあと思っていたけども、今回はびりびりとふるえる振動として伝わってきちゃった感じで圧倒されたところでもあった。なんか、総じてももがかっこよくなった感。今回はタケさんが喉つぶれてしまっていたから、そこらへんもあってももがもっていけたのかもしれないけれどと思いつつ。キセル兄の歌声もすごいなあと思うけど、ももの歌声もやっぱりすごいわと。その声でガラッと世界を描き出し連れていってしまう人たち。

モーサムはなんでもできるんだなと瞬発的に思うことがあった。

18はモーサムで久々に低く太い音を聞いた感じがした。

ハナタラシVSワンダーボーイの演奏はすごいなと思う。インストアのときも思ったけど、音のキレっぷりと全員の演奏のあわせっぷりがすごい、かっこいいっていうかすごい。どうやって鳴ってるんだと思ってしまう。

水野さんが今回はよく見えた。水野さんの叩き様は動きが大きいし大変そうに見えるのに次の曲はじまるときはまたけろっとしていてなんでもないみたいに見える。特に好みという部分もない気がするけど、四人になってからのモーサムでドラムに違和感を感じたことは一切ない。イサムさんのドラムをがっつり見聞きしてきたんだから人が変わったらそれなりに違いを感じてもよさそうなものなのに。その点において水野さんはなかなかすごいと思う。水野さんを選んだモーサムもよくやるなあと思う。水野さんのアグレッシブな動きながらうるさく鳴らないドラムは2人ギター体制の今のモーサムの音にはよくはまっているのかなあと思う。

しかしギターの音が太すぎてときどきギターの音かベースの音かが判別つかないときがある。2人ギターだと余計なのかなあ。なんかそうゆうとき悔しい。でも早い段階から耳がいかれた方へいってしまったのか、拍手の音がまともに聞こえない、遠くに聞こえてしまっていたからもう耳がまともじゃなかったのかもかも。終わった後はもちろん耳鳴り、家に帰っても耳鳴り、次の日朝起きてもまだかすかに耳の奥と頭の奥の交わったあたりでじりじりとした振動があった。あー、モーサム音でかいんだなあとしみじみ思う。聞いてるときはなんも思わないんだけどなあ、あれはでかいんだなあ。でも耳鳴りのこるのってにやにやしてしまう。そんな耳鳴りを残してくれるバンドって。

イサムさんはやっぱりギターを弾いていても職人のおじいちゃんみたいに見えるんだな。一人で完全に後ろ向いて3人に対して背向けて弾いてるときとか、正面向いてギター弾いてても淡々としているその様がどうにもベテラン職人のおじいちゃんみたいだ。その感じはドラム叩いてるときと通じているなと一人で納得。

かなりばらけた記憶の集合だけれど、昔の曲から今の曲までないまぜにしてつなげてまるっと今のモーサムになっているところが圧倒的だった。ゆえにやはりブランクがあるせいか私はおいて行かれそうになる、なった気がする。今のモーサムはつよいな、つよすぎる。自分がそこにくらいついていける素地か下地がないとって感じがする。モーサムのライブ見ると元気をもらうというかみょうなパワーをもらう気がするのはそうゆうことかなと思うけど。

天国盤からやったナッツがまたよかったんだなー。イサムさん作曲って何かに書いてあったような。うんイサムさんぽいなあと思う。まただから天国盤から聞けるの楽しみだな。どんなふうにやってくるんだと思う。モーサムなんてもうぜんぜん鍋に何をどう入れてつくってんだかわからないけどぐるぐるかきまぜられた何かを飲むようなかんじ。よくわかんないけどモーサムはすごいなというバカっぽい感想にたどりつく。うわこんな終わり方になってしまった。次は美声を聞かせてほしいなタケイさん。