液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

もう二週間もたってしまったけれどモーサムのRide into HEAVEN TOUR@千葉lookを今月の9日に見に行った話。うーんなんかもう色々忘れてるっていうかなんていうか。ライブ全体としては天国盤のツアーのはずなのに、天国盤の曲をぜんぜんやってくれず、まあそんなんはぜんぜんいいとして、なんとなく主に後半の流れになんとなくついていききれない自分がいたと思う。天国盤の曲やらなくてそれらをやるのかというような思い。天国盤の曲たち聞きたかった私がいるからなあ。
けれど前半に入れてきた冷たいコード、HigHがとてもよかった。昔の曲をいいと思ってしまうことに対してはときに後ろめたいような悪いような気がおこってしまうけど、でもこのとき特別久しぶりに聞いたってわけでもないのにここで反応した自分がいるということは何かあったように思う。HigHはずっと昔から不思議な曲だと思っていた。こんな曲があるんだという感覚をはじめてもったのかもしれない。これが、これで、曲なんだっていう。でもその得体の知れないようなこれで曲?が同時にこれがこれだっていう圧倒的な眼の前の絶頂、快感、のようなものとして見せつけられる、それがそのまんまHigHという曲だと思う。
そして私はこの曲の歌詞をよく知っていると思った。その知っているという皮膚感覚。細胞がドクンと反応するんだな。私はここをよく知っていると思う。思わされるんだよな、私自身のうちっかわから。ここっていうのは、その歌がある場所。というような感覚がもたらされる。これは年月がもたらす現象ってことなのかなあ。昔なんども見聞きしていなければこんな感覚持ちえないんだと思う。間に見聞きしていない時間があるってことも大きいのかなあ。わかんないけど、でも、私の人生上そうゆうことはまあはじめてだし、そうゆうものを感じられるだけの年月を私が得られるってことがまあまず驚きだ。私そんなに生きてきたんかと思う。10年とかそうゆう歳月を感じる年になったっていうか、感じられるだけの年月をこの私が過ごしてきてしまったんだという事実がなかなかこちらを圧倒してくる。そんなもんが実際にあるんかいと。十年とやらが本当にあった。なかなかなかなかそれにはまだ慣れない。がしかしそれを裏付ける、確証として出されるこのような体験、実感。そこにたちあがってくる私これ知っているという感覚。
HigHになにを見るか、見ていたのか私は。そんなようなことが鮮明に切り取られる。僕、と歌うももの声にがつんと揺さぶられる。最近の、歌詞で伝えたいことなんて全然ないみたいなのも好きなんだけど、いやでも、HigHはすごいよ、HigHはいまだにこちらへ泳いでこようとする。僕と歌うももが、今この瞬間でもこんなにリアルであることに、恐怖体験かっていうくらいの息をのむような驚きを得た。昔の曲、若い頃にかいた歌詞、それが今に今としてたちあがってきている様にただ驚いた。昔と同じとか変わらないとかそうゆうことじゃなくて、昔からでも今からでもそこへ行けるんだってこと、かな。そこに連れてってくれるんだ。そうなんだ。そうなのか。

そしてアンコール最後にechoをやった。それが大きな余韻を残してきた。おかげでライブ後モーサムをよく聞いている。昔のこと、今のこと、けっこうモーサムのことを考えている。echoはやっぱり特別な曲だろう。なにがどうって言えないけど、すごく、おもしろい。
しかしechoを聞くのはこわい気持ちも起こった。we are lucky friendsが終わって、あれ?まさか?と思ったけどいやまさかないだろうと思ったのに、もものギターが鳴ったから。信じられないなぜいまここでやるのという驚きの気持ち、うわやるんだという嬉しさ喜びの気持ち、でもイサムさんのドラムじゃない4人でやるechoなんてはじめて見る、そのことがどうなるのかわからないということへの不安とおそれと心配のはらはらする気持ち。しかもももが歌い始めてるところでなぜかイサムさんの機材の何かしらがshiningのイントロの音を出してしまうというミス。イサムさんがぬはっ?!とした顔で慌ててとめてたけども。客席もさすがに苦笑い。もったいないなあーという気持ちと、でも、その程度でぶれたりしない曲だろうこの曲はという信用も私の中にはあった。もうそこらへんはちょっとももにかかってくる、乗っかってくるなっていう感じがした。
まあでもイサムさんのギターもそのあと入ってきて、なんとなく安心しだした。イサムさんのドラムじゃないけど、でも水野さんのドラムで不安だったことなんてそういえば一度もないでしょう私と冷静になれた。言ってしまえばこの日のechoはぜんぜん荒かったと思う。まあshiningがはいった時点でその一点集中みたいなところは削がれてしまったと思うけど、でもそれ抜きでもやっぱり昔見てたものに比べたらぜんぜん荒い。それは決して悪い意味じゃなくて、昔と同じものやろうとしているんでもないし全く違うものをとかっていうより、まだ模索しているもののようにも見えた。なんていうかそれはもっといけるという感覚だった。まだそこはよく見えない景色だった。がさがさとしたものに覆われている。まだ見ぬ世界があるんだろうと思う。
やっぱりこの曲はすごくいい曲だなって思った。すんごくいい曲だよ。HigHもechoも勢いのつまった曲なのに、歌詞は、歌はすごくスローモーションのように聞こえて見えてくるところがおもしろいんだ。歌がよく聞こえる。そして自分の体は露骨にechoにおけるテンションの持っていきかたを覚えていた。

ツアー通してechoをやるのかどうかが気になったけど、やってるみたいだけど今のところ、最終日にもやるならそれは楽しみであり、やっぱりちょっと緊張するようなどきどきもある。でも見たい。どこかへいくのかいかないのか。わからない。でも見たい。