液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

15日はMO'SOME TONEBENDER Ride into Heavenツアー最終日の鶯谷キネマ倶楽部へ。開場20分後くらいに行ったら、思っていたよりお客さんが入っていたのでほっとする。まあクアトロよりも小さいしそう見えるってことかもしれないけど、初日の千葉ルックもわりとすいてたし、とにかくどこも人すくないみたいな話だったから東京は違うだろうとは思いつつはらはらするところも気持ちにはあった。キネマ倶楽部ははじめてきたけどステージが高くてとりあえず見やすい。そしてあつらえられたかの様な下手のミニらせん階段と二階ステージ。ここから出てくるんだろうなあとはみんな当然思っているんだろうな。

照明おちてメンバー出てくる、タケさんだけいない、もうそれだけでにやにやしてしまう。タケさんは金色ハッピに電飾仕込みで登場。いやもう喜ばせてくれるなあ。今ツアーはセットリストがほぼずっと一緒だった。モーサムでそんなんあったかなあと疑問に思い、思い当たらない。なんで今回はそうなのか、また曲もどうしてこんな選出になったのかという点はかなり気になる。まあそんなわけでルックで見た感じとまたどう違うのかみたいなところが大きな見ものだったかもしれない。
to hell with povertyから凡人のロックンロールへと流れていくところに鮮やかさを感じた。カバー曲からの自分たちの曲への変幻自在さみたいな、ステージ上で出現したままの早着替えのようでぐわっと床をすっぱぬかれたような感覚。そうすると凡人がなんかまた新鮮だったりする。
そして冷たいコードからHighへの流れは、先月ルックで見てからすごくよく考えてみたけどそうだやっぱり私にとってなにか不思議で驚きでうわなんなのこれは?という疑問とそうこれなんだという必然性のあるたしかさで頷きと黙らされる瞬殺と周囲の気配のスローモーション。もはやよくわからないことのようになってしまうが。この2曲の間で起きることのとまどい、のようなものはずっとずっとあるのではないか。あっという間に去ってしまうスピードの世界から急にふわっと空を踏んでしまうような時をひきのばしたような世界へ。その緩急の世界で私はみごとに立ち止まらされてるんだなあ。でもそれが、そんなんがモーサム体験の原点なんかなあと思ったりする。だってそれはずっと前から知ってるという手ざわりがあるんだもん。昔はよくわかっていなかったことにようやく気付けたりするもんだなあと思う。
次に天国盤からlong long long、nuts、Kick Out ELVISとやって、この流れはルックのときからよいなあと思ったし、それは間違いじゃないなって確信する。そしてこの3曲で聞いてると天国盤の曲はけっこうまったりしてるんだなあとか思う。しっかり聞ける曲なんだな。だからこの3曲の時間はすごく特別で変な感じがした。時間が引き伸ばされてしまうよう。まどろみでスローモーション。nutsのギターがすきなんだけど、ももはライブでは音源より低い音で弾いてるのかああの好きな感じがあまり出てこないのは残念なんだけども。
そしてhave you ever seen the stars?、ペチカの流れもすごくよかった。ここの5曲の流れはすごく明るくて祝福に満ちたようなまさに天国をイメージできるようなうっとり感があった。現実味がない。だってできすぎでしょうこの流れはどう考えても。白っぽい光のトンネルがつづいたこの5曲から一気に黒い沼へでもしぶきをあげて飛びこんでいったのがこの次の6曲。
FEVERおわりにタケさんが姿をさらりと消す、はいにやにや〜と、からのLost In the Cityはももとイサムさんと2人で前に出てきてかっこよさげに満足そうにギターを弾きこなす、からのどーんと天使のお出まし。二階には、電飾仕込みの羽をつけ、TシャツにはHEAVEN(ツアーT)、うわしかも袖切ってノースリーブにしたんだね!そっかきっと袖がついてちゃ羽とのバランスが悪かったんだね!っていうタケさんが登場。もうお客さんのありとあらゆる驚きと動揺と喜びが入り混じったフロアという一瞬の混沌から熱狂で迎えるしかない渦。うずまいてたねあれは色んなものが。あんなごった煮感ないよ。すごいよタケさん、なんでそんなにそこまでやれるんだ!素敵なんだ!という気持ちでどうしょうもない。このときステージは一瞬気になるもののもうお客さんのみんなの気持ちはきっとタケさんにひっぱられちゃってどうしょうもない。もうステージなんてどうでもいい。あいつらどうでもいい。今はこのタケさんを見ていたいー!というよな気持ちでいっぱい。ああほんと衝撃だった。見た瞬間はほんと時が止まったかのように胸を射抜かれたきがする。
そしてElectBoys、ロッキンルーラ、shining、未来は今とつづく。electboysではももがやっぱりマイクぐるぐる、あれは気づくといつの間にか首に2.3重くるくるしている、いつのまに。ももがハンドマイクしてイサムさんがギターをジャッジャッと鳴らす、ちょと冷静になるとなんでこんなことになってんだかと呆れるくらいに思えるんだけど、これがモーサムなんだなあと思える。ももがダイブしてからもマイクで歌ってるのが笑える。もうほんとここではもも頑張ってるなあって思う。未来は今はふしぎとやっぱり昔見たような情景が、歌うももが蘇ってくるみたいだと思う。昔と今が眼の前でダブる。
初日のルックのときはまだこの後半の流れがちょっと突拍子のないような、あまりに沢山のことが急すぎてついていけない感があったのだけどいやいやツアーで鍛え上げてきたのか10曲で見渡したって濃厚な汁を出し続けていった山あり谷あり急降下急落下を繰り返すような時間だった感じ。どこでだったかタケさんがひと汁も残さないようやっていくんでとかって言っていたのが印象的だったなあ。ああほんとうにそうゆう思いを今日ここに抱えてきてくれて今ステージに立っているんだなあって思った。そうゆうタケさんのストレートな思い、発言にじーんとくる。タケさんの頭から汗とんでるシルエットはむちゃくちゃかっこいいのだ。

そしてアンコール。we are lucky friendsからはじまって、echoにいく。っていう流れは知っている。知っていてわかっていて迎えるechoなんてあったかな?と思う。それでもわかっていてもぞくっとするんだ。その空気。どきどきするんだよなあ単純に、この曲は。なんども聞いてるはずなのに、なんなんだろうこの曲?っていう穴に毎度落ちてしまうのか。ぽつんと一人取り残されたことに気づかないみたいだ。それからのことはあまり思い出せなくてなあ。っていう。今回はももがギターを再度鳴らすのをためていた。それは新しいことでもなんでもないけど、同じステージの横に並んだタケさんとイサムさんがその時間、じっとももを見ていたのはとても印象的だった。直線上で並ぶ3人。うわあと思った。ももは2人に待たれていた。なんかやっぱその画は、新鮮だったよなあ。そしてみんなの音があわさった瞬間でてきた音はデカかった。それはなんか予想を越えた音だった。うわっと眼の前で急に火が燃え上がってそれを避けようとのけぞるような感じだった。そうゆうエネルギーの放出の仕方は天井の高いキネマ倶楽部だったからこそなのかもしれない。炎は高くあがったように見た。ルックのときに最終日にもやるのならどんなことになっているだろうかと思った気持ちが、こうなったか、と思わされる。んな単純なものじゃないかもしれないけど、いや単純なものなんだろうなあ。これが4人でやるechoなんだなって思った。またこっから積み上げられるものがあるような気がした。
そしてダブルアンコールでGREEN&GOLD。イサムさんがドラムのほうへ。水野さんがスネアやシンバルをイサムさんの方にセットしてあげたりしてるそのときからなんか嬉しそう。狭いとこにふたりで座ってるなあ。タケさんが久しぶりに下手、なんてお茶目なかわいらしいことを言っていた。でも東京でも9月のリキッド、地方でもやってるのに、と思う。そこは東京のワンマンって意味合いがあるのかなあ。
今回はやっぱりなのか、ドラムの2人を見ているばっかりだったかもしれない。ももとタケさんを見た記憶がない。もうだって2人がたのしすぎるんだもん。2人で鳴らすシンバルの音の響きようはやはりすごいすごい!映える!キネマ倶楽部でやるだけで曲の印象さえ変わってしまいそうな音の厚さと存在感。もうそれが楽しいー。そして水野さんがめっちゃにこにこ楽しそうに叩いてる叩いてる!もう最後の最後は水野さんの笑顔が焼きついた。水野さんのドラムは良い意味でぜんぜん気にならないのだ。はじめて聞いたときからそう。イサムのドラムから代わっても気にならないというのはすごいことなんだと思う。違うのはもちろんわかるけど、いやに気になるっていうのは全然ない。だから水野さんはすごいと思う。そして本編演奏中にもなんどもアイコンタクトをとっているんだよなあこの2人、おじいちゃんと孫、なんだか可愛らしくしょうがない。音源ではイサムさんが叩いているみたいだし、2人のなかでのドラムのやりとりがあるんだろうなあと想像すると2人セットで見守り、応援したくなる。基本的にはドラムの主導を握っているのは水野さん、孫というのがまたいい、ぐっとくる。孫がめっちゃ嬉しそうに叩きはじめるとおじいちゃんも横で一緒に叩きはじめちゃうという感じ。水野さんの楽しそうぶりにああそんな曲になったんだこの曲はってわかった。まだ新曲としてやりはじめた頃を見ているからこの曲は私の中で特に存在力があると思うんだけど、それがechoのあとにやれる曲として、そして4人で演奏する曲として今こんなふうに演奏されるんだっていうことは、ああそうかって納得させられるしかない。
ルックでechoをやって、そのあとまだ拍手でアンコールを求める人たちがいていやいやechoでしめられたあとに求められないなあ私はと思った。だから拍手がなりやまないうちに出た。でもそのあとの公演でダブルアンコールでGREEN&GOLDやったっと知って少なからず驚いた。やれるんだ、やってくれるんだという感じと、そうなんだというやっぱりモーサムがそうやるならそうなんだという納得と。考えてみたらechoのあとにさらに求めるなんてしちゃいけないんだときっと思ってた。echoはそれだけ説得力のある曲だし、それに黙らされてきた経験があった。ああでもそれは完全に自分の思いこみで決めつけだったんだなあと思わされる。
モーサムはさあ、やっぱり常に変わっていこうとするバンドで、変わっていこうっていうか、いつもずっと定まってしまうこともなく、ずっとどこかへいこうとしてる、してしまうし、それがモーサムそのものってことなんだろうなあって、まあみんな前々から知ってることだとは思うんだけど、改めてじっくりとそうゆうことを思うにいたった。だからモーサム追っかけ続けるのってけっこう大変なんだと思う。でもそれは本人たちだって簡単じゃなくやってるんだからそりゃあそうなのかってことも、なんかようやくわかるようになってきたのかもしれない。モーサムはやっぱりどっかへ行こうとしてるし、そのどこかへ連れてってくれる。そんなことをずっとやっているんだな。だから魅力的なんだ。おもしろいんだ。

ナタリーのおじいちゃんと孫の写真がよい
http://natalie.mu/music/news/166306