液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

1月最初のライブ、8日はキセルのスキマミュージック@リキッドルームへ。平日なのでか開場は18時半で開演19時半。でもなんかキセルのライブはいつもながらお客さんもみなどこかゆるやかで、時間がひいたりよせたり混ざって何時でもなくなるようでもある。なんとなくの感じにすぎないんだけれど、そのなんとなさがでもやっぱ他とは違う気がしたりする。
19時半を数分すぎてSEが流れてくる。キセルでかかるのっていつもじゃないし、ちょっと改めてどきどきした。そうだなあSEって単純にそんな役割がある。そんでこの曲がなんかすごくよかった。ちょっとポップさと不気味さがまざったような宇宙っぽい感じだったかな。なになに今日はこうゆう感じだよってこと?とわくわくしてしまう。
これはこのあとあれ?と思う流れがあって、3曲目にやった雪の降るころにのアレンジの感じがこのSEと似ていた。あ、ここに繋がるの?と思ったんだけれど、そこらへん気になるなあ。しかし雪の降るころになんてすっごいすっごい久々に聞いた。最初に曲名いうから、うわあまじかーーってテンションあがってはじまったらうああーーぜんぜん違うアレンジじゃーーって驚かされまくった。しかしこれがすごく面白かった!てか、ここんなに大胆にアレンジしちゃうの?!ってくらい、キセルの最近の昔曲のアレンジは結構ふりきれてる。キセルだからこそここまでできるんだろうか?去年からのとあわせて後半まで他のアレンジ聞いてって思ったのは、特にリズムをがらっと変えてくるところがすごいと思う。キセルにとってのアレンジってこうゆうことなんだと思わされる。新しい呼吸の仕方になる。の柔らかな丘においては私は原曲の方がすきだなあと思ってしまうんだけど、これはこの曲でた頃にインストアライブとかよく行って聞いてたからなのかもしれない、まあそんなどうしようもない好みみたいなんもある。でもようやく少しずつ慣れてきたなあとも思う。この柔らかな丘のアレンジもやっぱリズムの変わりようが大きい。だから人によっての好みは大きく左右されてくるんじゃないかと思うけどそこをからりとやってくるキセルのゆく先、見ようとしているもの。
雪が降る頃では弟がヴォーカルをとるが、喉の調子がよくないのかいつもなら出るであろう高音がきつそうだった。でもそれでも歌う、出すことを恐れていない姿勢みたいなんが見てとれたから、ああなんかいいなあって、そうゆうときは思えてしまう。今のキセルはそれより心強いところがちゃんとある。
うぶごえ、エノラゲイ、町医者とつづく。3曲とも野音でもやってるから安定した雰囲気的にそのまま野音からのつづく流れのようであり、けれどエノラゲイのリキッドにあったほのかにささやかに踊れてしまうようなビビット感がまた鮮やかに目がさめるようでもある。
その後は野音後一緒にまわっていたゆうこさんと3人でカバー曲。花・太陽・雨からはじまった。中華街で聞いたぶり。あの時は2人だったっけ?teach your childrenはライブで聞くのが一番たのしいなと思う。ライブにあう。なんか自然とみんなで同じリズムのなかで心地よくなれる。それはきっとはじめて聞いた野音のときからそう。そうゆうエネルギーのある曲なんだろな。
次にひとりぼっちの人工衛星、なんかすごくいいなあリキッドでやる音はまたキセルにはまってるなあと思っていたら私の隣に立っていた女性が急にバタリと倒れた。周りの人みんなびっくり、そりゃそうだ。私と反対側の方へ倒れたので最初なにが起こったんかと思ったけどこれはたぶんちょっと休まないと無理なやつだろうと思った。空調きいてないからだとピンときた。だって暑かったもん。キセルは一切押しあいとかないからリキッド側も油断してたんだろか。いやそれでも密閉された空間に人がたまっていたら暑くなるわ。そんでこの倒れ方は私も年に一二度倒れるからそれと同じやつじゃないだろうかと思った。最終的にスタッフさんに運ばれていったけど、たぶん一度冷水とか飲んで休んだ方が安全だと思うから、なんとかほっとした。そしてその間に曲が終わった。
次の野坂昭如のカバー曲はやはり一度気がそれてしまったからか、なかなかすぐには気持ちが戻れず集中できないというか。ゆうこさんはこの曲は参加しなかったかな?でもこうやってまた新たなカバー曲を増やしていくキセルは面白いなあと思う。キセルがカバーするのはだいたいみんな昔の曲なわけでそれらは2人でやりつつ、キセル自身の昔の曲はバンドでざっくり装い新たにしちゃう、それを一度のなかで見せ聞かせてくれるキセルの幅の広さというかいろんな音楽を受け、それをまたそれぞれの形で自分たちから生み出していく大きなふところ、あなぐらのようなものを感じられる。
さて次はバンド編成に戻り、ここからがまた野音野音後がまざった新しい景色を見せてくれた。この混ざりあいがこの日の一番コーフンしたところだったように思う。がらがらがらっと印象が変わっていく。わくわくした。まだこれで終わりじゃないまた次へとつながっていく途中の景色、また先へとつながっていく、キセルのライブのなにかとなにかの間にいる心地。なんていうか後半の流れは一曲一曲がすごく濃い。どんどんどんどんアルコール度数が高まって沈んでいくような。暗い闇のなかで点々ときらきら光るものにうっとり魅せられてしまうみたいに。もうそのなかで安住してしまうんだろう。ハナレバナレは野音のときと同じアレンジ、手紙やタワーはそんなにアレンジないんじゃなかったかな?夜間飛行やるのがすごい。
本編最後の写真は数日前からこれ聞けたらいいなーと思っていた曲!うわ思いがつながった!とその瞬間思ってしまう。なんか延々と聞き続けていられるようなこの曲の雲がくたーっと空に流れていくような感じが聞きたいなあと思っていた。これは実際すごくよかった。ふわふわと浮かび上がるままに漂い流れていくんだけれど、キセルのバンドサウンドは圧倒的な運びがあるっていうか、乗せつつまれてしまうんだなあ。今回はみんなの音がよく聞こえて、ああやっぱりリキッドはいいんだなあリキッドの音は聞きやすいんだなあと思う。そこではゆうこさんはやはりしばらく3人でまわってたのもあるんだろか、すごく2人に寄った、しっかりピシッと2人の形にそったドラムの音のように見えたし聞こえた。ゆうこさんの目をつむってひしっと音を導こうとするその姿がとても頼もしくて、力強さも儚さも、他の曲でも表情がよく見えてすごくよかった。3人のグルーヴ感がなんだかしっかり感じられた。そこに両側からエマーソンさん卓史さんとの鍵盤でふくよかなふくらみや小さく愛らしいものといったような風景の豊かさを広げていってくれる。なんだろうなあ、里山のような風景でありまた音なのかなあ。

そして写真からつなげて歌っていったのがwitch tai toという曲。

原曲は違うみたいだけどいろんな人にカバーされているとか。でもこれがキセルのカバーした感じには似てるかな。これはなんかすごかったなー。ぐぐぐっと歌が前へ前へでてきて音と一緒にふくらんでふくらんでそれは静かに破裂して充満した。このカバーは初めてやったんじゃないかなと思うけど、なんていうか、お客さんの中にもこの曲はなんだろう何て歌っているんだろうっていう不思議さと驚きと戸惑いとでもそのふくらみの破裂の充満にのみ込まれてしまって圧倒されていくような空気があったようだった。ギンヤンマと近いんだけどまた違った世界だった。
アンコールの声だけ聞こえるはぐっとぐっと良くなってきてる。地に足ついた歌になってきてるって感じがする。
ダブルアンコールでは、昨年末の梅田と名古屋でやったと聞いてわっくわくしていたはっぴいえんどのカバー曲、しんしんしん。弟がでも全然寒くないからなーとか言っちゃって、兄が最終ほんとにこれでええの?的にちゃんと聞いて納得を得ているやりとりが兄やさしいなと思ったり。でもそれが兄弟間のわずらわしいことにならないやりとりなのかなと思ったり。そうゆうまるで日常みたいなやりとりから、ふっとギターを鳴らせば音楽がはじまっていく、音楽のはじまる空間になることがキセルのすごく好きなところだ。息をあわすというか整えていくゆるやかな流れなのかな。弟はノコギリ。ああ2人ともしんしんしんを歌うのがしっくりきている。ギターとノコギリと2人の声による素のかんじ。あるものだけで描ききるような素っぽさ、みたいなものを感じた。昔これ聞いたのは2003年とかだから、もう13年近くになるんだもんなあ。そうかあ、よかったなあ。

1.時をはなれて
2.柔らかな丘
3.雪の降る頃
4.うぶごえ
5.エノラ・ゲイ
6.町医者
7.花・太陽・雨
8.Teach Your Children
9.ひとりぼっちの人工衛星
10.サメに喰われた娘
11.手紙
12.夜間飛行 (落下ダブバージョン)
13.夜の名前
14.ハナレバナレ
15.写真
16.Witchi-Tai-To

アンコール
17.同じではない
18.タワー
19.声だけ聴こえる

ダブルアンコール
20.しんしんしん