液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

去年行った最後のライブについて久々にながながしく記したものなど。やはり残しておくとのちのち便利だったりするし、できたら長々しくなくてもほどほどでもいいからまとまった形で記せていけたらいいなあと思いながらもうすでに今年4つくらいライブ見に行ったわけだが。


2017.12.26 大友良英4days@新宿ピットイン
Orquesta Nudge!Nudge!と大友さんの共演。最初にこのメンツで発表があったとき、あれ?なにやるんだろう?と思った。単純に、岡部さんと大友さんの共演って見たことないかも、くらいのことを思った。が、後日発表のあった大友さんが再来年担当するドラマのことを目にしてああなるほどと思った。そう考えるのはすべて辻つまがあう。

さてどんなステージができているのかなと思いながら芳垣さんの見えやすそうな場所を探すと、今回は大友さんと芳垣さんがステージ下、客席へおりている。ステージ上は打楽器でいっぱいだ。皮の貼られた太鼓の類がいっぱいだ。ナッジナッジ見るのすごく久々だ。座ってみた椅子は芳垣さんバッチリだ、気づけば大友さんのターンテーブル目の前だった。芳垣さんは下手、大友さんが上手。

メンバー登場するやいなや、なんと芳垣さんがマイクを手にしたのであれ?!と思ったら、芳垣さんが今日から大友4daysだがしかし昨日のなるちゃんとの公演と合わせると5daysでとか全部説明してくれるので大友さんもいやあ助かるわーと言っている。芳垣さんが何度もなるちゃんなるちゃんと言っていたのが可笑しかった。ならではのものが聞けたというか。大友さんはディレクターとかもう疲れた〜みたいなことを言っていてあらそんなこと言っちゃうんだなと思う。でもべつにそれでほんとに嫌だって気持ちだけで構成されてるんでもなく、でも素直に屈託無くそうゆうこと言えちゃうのが大友さんだなあと思う。芳垣さんがこれで来年からは他のバンドでももっとやっていけそうですねとか言うとemergency!とか?今年は1回しかやってないもんねえと言っていたので来年は2回くらいやってくれるんだろうか。

そして早々に芳垣さんの方からなんでおれらが呼ばれたかっていうとねえみたいな感じで大友さんにふるながれ。ああやっぱりねえという話だったけど、大友さんがまだ言っちゃダメだからとビシっ。でも紹介文とかでばらしてるようなものだと思うが。まあまだ録ってもいないし、それは今日のライブ次第でどうなることやらみたいになる笑いへ。芳垣さんがみんながんばってくれーみたいな感じにいってたのが笑った。大友さんがアンサンブルズ東京のとき、ナッジナッジがほんと楽しそうでうらやましかったもんとか言う。ああそうだねえとにこやか笑みでかえす芳垣さん。やはり大友さんと芳垣さんの一緒にいる時の雰囲気は大らかで大ざっぱでたっぷりできあがってる雰囲気だなあ。これが好きだなあと思っている。

前半では1曲目はナッジナッジの曲。おそらく事前に大友さんメインで演奏する箇所が決めてあったんだと思うけどそこへのアプローチにいたるまでのナッジナッジメンバーのみなさんの大友さんへそそぐ視線が熱いことったらすごい。こんなに沢山のパーカッショニストから一斉に視線を注がれるってなに、こわすぎる…とびびるものを感じた。まあ考えてみたらパーカッショニスト、ドラマーというのは顔の可動範囲というのは広いというか、体全身そのもので鳴らしてるから、ゆえにというのか、眼や耳という器官はダイレクトに外のもの、他の音を取り入れる出入り口の管として機能させることができる、それが他の楽器に比べて断然違うんだなとなんとなく思い知らされた。ドラマーの視線の鋭さは知ってるつもりだったがいやそうじゃない、それだけじゃないのだ、いやそれもあるのだが。たいこ叩きの人というのはみんな習性みたいなものなんだろうが、とにかく他者をよく見ること聞くことに長けてるしそれがあってこそたいこの音、リズムというものはどんどん更新されて行くのかなとも。とにかく大友さんに視線が集まってる図がこれまでにないほどにおそろしく、凄みを感じた。でも大友さんはべつにマイペース、みんながどんな音を出してくるんだろうかと探り観察しているところに大友さんのギターもターンテーブルも予想以上にナッジナッジの音にするするとのっていった。あ、音ってこんなにもたやすく一緒になれるんだとも感じたし、でもそれはやっぱり互いの互いに対する音楽なんだなとも感じた。そして岡部さん、イズポンさん、中里さん、辻さんの4人で短い周期で次々メインを交代していくのはなんともスリリング。みんな笑いにやけながら表情でもリアクションをとっているというか、やはりそこがたいこだなあと思う。そうゆう楽器なのだとうなずく。

2曲目はたしか即興。(もしかしたらここからコンダクトだったのかもしれない)

2ndセットは芳垣さんコンダクトの即興で。ナッジナッジの芳垣さんコンダクトでは芳垣さんが出す手の形でサインの意味があって、大友さんのとこにサインの意味の書かれたメモが置いてあったけどまあまあ種類があった。でも実際は見ててもなんとなく意味がとれるようなものなど、そんなに沢山あるようには見えないが、でも実際はわからない。
ひとりひとりに入るようにの指示、数人で音を出してるとこで1人ないし2人だけに絞るよの指示、1人ないし2人以上で鳴らしてるうちの誰か1人と同じリズム、テンポで入ってってみたいな指示、こんな感じのものが複雑にというか積み重ね、引かれ、プラスされふくらんで削ぎ落とされて一層、一層に音の、リズムの反復が豊かに複雑にいきだされて編まれていって、楽しくなっていく。リズムとはなんなの、これなの、これ以上なの、まだまだもっとあるの、かしら。みんなで音をリズムをつむいでいくことの困難さであり楽しさであり、密な信頼関係もがここにああるんだなあと思わされる。
芳垣さんのコンダクトの出し方は自分も演奏しながらやっているんだから大変そうだ。自分の演奏することとみんなの演奏を聞くこと構成することがよくぞ同時にできている。大友さんがヴォイスでちゅんちゅんとか出したりついぞ叫んだ、シャウトだ、レコードもバコバコ言わす、レコードであおぐおぐばわばわ鳴らす、なんだってやれちゃうのでこれにはナッジナッジメンバーもみんな笑っちゃうというか、芳垣さんなんてしばらくこれでやらしてみようと言わんばかりに席を立ち見守り体制に入ったりして。ナッジナッジとの共演では、大友さんほど自由に、楽器というものに縛られず音を出す人というのはかなり異質な存在にも見えるというのがおもしろかった。その姿はAMFesで見るそれと同じなのだが、この日ここにおいては大友さんがあきらかにか壁を金槌で崩しはじめに来たみたいな人だった。ナッジナッジはいくら即興でなんでもやれるという変形自在という面を持っているように見えるとしたら大友さんはより外側のところを円という規則性すらない点でどんどん瞬間移動してあっちこっちから音を出していける人でもある。芳垣さんとの演奏でもあんなに芳垣さんが大友さんの出す音に対してすぐに反応せずみたいな態度であることは今までに見たことがない気がして。それは感心するというのか、なにやってんだこいつはみたいなものなのか、楽しそうにやってるなあなのか、このあとどうなんだろうということなのか、それはナッジナッジの他のメンバーもそうだったのかどうだったのかわからないけど。
音楽の自由ってそもそも何がどこにあるのか、見えてるのか、見えてないのか、大友さんの近年の様々な場所での活動があるからこそ見えた、見せてくれたふうけいだったように思う。
通して興味深かったのは岡部さんだ。岡部さんはステージで客席に対して横向きの体勢だったが私の位置からほぼ正面で見える形になった。考えてみると岡部さんをこんなにひらけた正面から見ることはないのでは。ROVOのときなどは他の人々で見えない、遠くてよく見えないというのがよくある。それにだいたいこの日岡部さんが扱う楽器の種類の多いこと。加えていくつものパターン、リズムの音を叩き鳴らす。トライアングルひとつとっても、岡部さんが鳴らすとこうなるんだというのが目からウロコのようだった。岡部さんの音がすべてを変えてしまうようでもある。でも岡部さんは派手なことはしないというか、しかし複雑奇怪でもある。芳垣さんとのやりとりできる間柄の密度も感じた。また高良さんと岡部さんの組み合わせで鳴らすところはとても面白かった。こんな、と表現のきかないようなここはどこというような違和感ある場所、風景がひらけるようなものをおふたりは鳴らす。ボンデージフルーツでもそういえば一緒にやってるんだった。

ナッジナッジ、今年はまた見れるといいかな。そして来年、どうなってるか楽しみだな。