液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

ドラマの獣になれない私たちを見てた。夢中になるというか、関心するように、ドラマの世界の隔絶された世界の話なんかじゃなくてすぐそばの物語のようにして見入って感じてた。最終話においても、その場の勢いだか流れだかでお互い後悔を隠せない体の関係を持った夜のことについて、あんな風に面と向かって話し合うなんて、ああいいなあと思った。どうなんだろ、普通、そんなのするかな。しなくて、まるで何もなかったみたいな挨拶を会話を交わしてまうんじゃないの?だから、あそこでどうしょうもなくむきあって話をせずにいられなかったふたりがとんでもなくかわいかったな。お互いにこんなの良くなかった、お互いにもっとちゃんと大事にしたい相手、関係だったからこそなぜどうしてを突き詰めたくなる。でもその態度はなんて誠実なことか。そこまでできるなんて、ないよな、少なくとも自分には、と思ってしまう。良い作品だった。


新しいラグが来た。部屋が明るくなった。実家からデロンギを運んできた。やはり私はデロンギのオイルヒーターがないと生きていけないのだった。本をもっと読める人になりたい。全然読めてないけど。毎日時間はどこへいってるんだ。ドブに捨ててるのだっけ?空気公団のライブは週末だ。オウガのライブと被った。自分の実体は永遠にわからないな。わたしは馬鹿になりたくない。馬鹿だと知っている。何度も夢見て何度も夢破れているのにそれでもまた夢を見ようだなんて馬鹿げてる。馬鹿になりたくない。私は賢く高らかに大らかで微笑む人で、なんて、そんなの無理すぎるけど。馬鹿からとにかく遠ざかりたい。馬鹿になって泣きたくなんてない。最初から何でもわかってる。何も覆ったりしない。それを何度も何度も摘んでは飲んでいる。