液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

あっという間に7月も半ばを過ぎたらしい。7月に?真夏日が?なかったと言うのは?86年ぶりだとかなんとかって数日前に聞いた。そうか私が生まれた年、ゼロ才の頃もこんな感じだったのか、と思ってみたりする。何もない。

今日は変則的な仕事始業時間でいつもより午前中に時間ができたので、こないだの土曜日に美容院で切ってもらうも梳きが足りない気がしてならない髪の毛を自分で調整すべく切る。このように自分で切るとき、小学生の頃からすでに自分で切っていたから自分で切ることに抵抗もないのだよなと思う。いや、それとも中学生だったか?うろ覚えなのだが、だが、自分で自分の髪の毛を切っている自分の姿を思い出せるのだ。だが、それは髪を切っている自分を端から見ている視線でなのが、おかしな話だ。その視線は一体誰のものだ。そんなもの、私は見ているはずがないのに。

しかし美容院を変えようかどうしようか迷ってしまうなってくらいに、イマイチちょっと予想と反した髪型になってしまうのがつらい。カラーや居心地は長年通っているし良いのだけど、カットがちょっと。でも新しい美容院に行くとか、それもまた新たなリスクと恐怖でいっぱいだし。髪の量が半分になってくれたら言うこともないのかもしれないがそれはどうにも叶わない。結局仕事から帰ってきてもまたハサミを入れた。もうショートカットにしたい気にさえなるが、でもそこからまた伸ばすのは気が知れない。どうにでもなれ。気にしだすと終わらない。

今日は全然ほとんど仕事しなかった。もう仕事するのめんどくさいなずっと休みだったらいいのになあと思えるだけ結局いい身なのではないか。働けなかった頃に比べたら。仕事がないことに比べたら。だから結局自分はぬるいことしか言ってないのではないか?アホっていうか、クソっていうか。寝るのが遅くなるのが癖づいてしまって、それは直さないとな。

サマセット・モームの英国諜報員アシェンデンを読み終えた。これは確かメルカリで買ったけど、定価で買っても大して変わらなかったのかも。まあ綺麗だったしかまわないけど。人間の絆がちょっと読んで読む気になれなかったのが謎と思えるほどにとても読みやすく、面白く、鮮やかに満ちていた。

 

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)

英国諜報員アシェンデン (新潮文庫)