液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

私は自分が知らないことを知っている人というのにものすごく劣等感を感じてしまい、自分は何も知らないのだという焦りだったり、教養、知識のなさにひどく恥ずかしい気になり、果てにはそんな自分に落胆さえしてしまうのだが、これはずいぶん昔からそうなのか、それともここ数年のことなのか、いつの間にか始まっていたような、いやここ最近になってそのことに苛まれていることに気づいたような。でも自分でも嫌だなあと思うほどに露骨にそういったものを感じるようになったのってSNSのせいなんじゃない?とうっすら思う。もちろん全ての知らないことに対して思うわけじゃないけど、もとまと自分の頭の悪さや無知にたいして劣等感のある私には改めてその隙をつかれてしまうというような。自分が何もかも知れるわけはないと自分に言い聞かせながらも、そんなか細い声はすぐなかったことになる。しかしとりあえずそのように比較をしては自分の何も入っていない箱を見てショックを受けるという無意味感をやめたいが、そもそもなぜそんなことをせずにいられないものなのか。常に自ら進んで不安であろうとするのか、もしくは不安があるからそれを見つけにいくのか。満たすものがないこと、それはいつまでたっても満たされるはずがないのでは。