Iさんと六本木で待ち合わせをして、森美術館の塩田千春展を見に行った。雨で、加えて風が強かった。六本木ヒルズの広場に出ると傘がまともに役に立たないくらい。薄手のワンピースにしっかりめのタイツをあわせたくらいには気温も低かった。10時前に着いたのに、すでに並んで待っている人は沢山いて驚いた。バスキア展が一番人気のようだったけど、森美のこの混雑ぶりは毎度のことながら妙な心地になる。人気、ポピュラリティーとはなんなんだろうか。10時まで待って、それでもIさんが前売り券を買っておいてくれたおかげでずいぶん早くに入れた。私は森美の前売りが会期始まっても売ってることを今まで知らなかった。でも他の美術館はたいがい会期前までの販売しかないのでスタンスは全然違うのだなあ。

まずエスカレーターの天井部に黒糸でつりさげられた船の群れ。ああいった吊り下げ系の作品は設置にどれくらい時間をかけるのだろうか。アトリエ?スタジオ?で試作はやってあるんだろうからそこで決まっているのか、それでも現場での調整はあるだろう。展示室入ってすぐの赤い糸のインスタレーションももちろんそれは気になる。とにかく広さや多さや巨大さが塩田さんの作品にはついてまわるので、どうしてもそのあたり気になるが経験によって成り立つものはあるだろう、にしてもどうやって作り込んでるのか気になる。ギャラリーサイズの展示だとなんとなく身体の延長を感じられるけど、でかすぎるとまったくわからなくなる。森美の展示はたいがいそう感じるといえばそうか。近美のコレクションで見たバスルームの映像作品も出ていたが、近美ではブラウン管テレビでの展示だったのがこちらでは壁面投影の上映形式だったので気持ち的にはもやっとする。近美では女性にフォーカスをあてていて出光真子、石内都などとつらなった展示としてのインパクトもでかかったというのがあるが、映像はやはりその映しだす形式も重要なのだと感じざるを得ない。近美で見たときのインパクト、それは塩田さんが昔はこういった映像作品を作っていたのか、という初めて知った驚きであり、この狭いスペース(日本のとはまた全然違う)のバスルーム、バスタブで泥にまみれ、つかる、裸の髪の長い女性。髪の隙間からのぞく眼。私はそこに私なりの共鳴を感じてしまった。そんなにあからさまに感じることは、それはそれでない気がする。私はその作品に女であることの呪縛と、またそこからの解放を感じた。私はその女の体に自分を重ね、その女の眼に射抜かれる気がした。大学生の頃の自分が見たら、いったいどう感じただろうか?という考えが浮かんだ。学生の頃の私は女であることにひとりで息苦しんでいた。今思い返せばなんて無様だと思いもするし、また必死でもがいていたのだと思いもする。ただ、それは誰にも伝わらず伝えられず自分の中だけでもてあましていたので表現になりそこねた何かのよう。なにしろ自意識が足りず、俯瞰する視線もなかった。手一杯だった。だからたとえ学生の頃の自分が見ても、何かを感じ取ることなんてできなかったのかもしれないし、けれど、救われた可能性のことを考えないわけにもいかなかった。夏休みに図書館で塩田さん特集の美術手帖を読んでいたので他の過去の作品についてもひととおり頭に入っていたせいか展示は全体に見やすかったので予習も悪くないなと思ったり。あとは新作の皮の作品は良かったし、同じ部屋にあったアトリエをうつした映像もおもしろく見れた。でも床にミニチュアを置きならべた作品などは惹かれない。最後に子どもたちに語らせるたましいについての映像は面白いけれど、それに回収されてしまうようでこざっぱりとした気持ちになって終わる。子どもという人たちにはいったいなにが託されているのか?何を大人は期待しているのだろうか。子どもたちは規制や抑圧のないなかで自分なりの正義を堂々とふるう人のように思う。それは自由に見えるが、そこから大人がインスピレーションを受けるとか、心なごむとか、見えなくなっているものを教わるとか、そういった無垢に設定された子どもから受容しようとする大人の態度に嫌気を感じないこともないので、この作品がそれを狙ってるかどうかはさておきあまり好きではない。でかいインスタレーション作品が多いと森美でもあっという間に見終えることがわかる。

同じチケットで細野晴臣さんの50年の仕事を振り返る展示も見れたので見る。しかしこちらはずいぶんポップな展示で、文字情報にあふれていてすべてがあるかのよう。泳ぎ渡るような感じで見る。とりあえず細野さんは異様な人だ。そのような人もいるのだな。わけがわからなくなりそうだったし、わかることは不可能だ。何がすごいのかももはや麻痺される。それからテレ朝のほうに移動してお昼を食べる。そのうち雨が止んできて晴れ間が出てきてでも小雨は降っているようでもあった。窓側の席だったので、光と雨がとてもよくきれいに見えた。

そのあとは赤坂の方へ移動し、代々木公園でやるはずだった音楽イベントを日本財団ビルで見た。ツイッターで少しだけ書いたのだが、自分にはそれくらいしか抽出できない、しうる言葉が、理解する耳や能力がないのだよなあと思うと残念な気持ちになる。それはまあずっとそう思い続けていることだけど、時間軸の中でどう始まり、どう変化していき、それらはいったいどんな手触りのものだったのかについて具体的に書けたらなあと思ってしまう。でも、そこまで自分の中に残せないこの実力感。

しかし先週のベルベットサンのプロだけの演奏とはまた全然違っていてそれでいて近接していくような感じというのはひやっとするような驚きと、そのように可能であるということのあたたかな喜びとが同時にやってきたりして脳みそが浮遊するようだった。もちろんプロもいて、プロの方々による要所要所での引きの強いのプレイによって一曲としての魅力の高まりがあるんだけれど、ワークショップ参加者がそれぞれ楽器ごとに分類されグループごとに独自のリズムを刻み、バスケスさんのコンダクトによってそれが見事にひとまとまりの音楽と化すときのなにものでもなさ、その正体不明なカオスさがレベルの高さを感じるものであった。レベルの高さと言うか、私にはわかりきれない言語で共有された人々、それはプロの方々だけの演奏を見るのとは全然違う感覚で生じた気がするのだった。プロの演奏を見聞きしているとき、それはほぼ向こうの言語はわからないといった絶対的境界を感じていると思うが、それはわざわざ思い知らされてもいない当然の意識としてある。それが今回はそのように共有する言語、身ぶりの存在があぶり出されているようだったから印象的だ。もちろんコンダクトがあることは大きな意味合いだが、素人の人々の意識がコンダクトによって導かれ統合されることで大きな渦をまいていく状況は単純さと複雑さが重なっていきゆるやかにその周縁に立つものとして観る側も誘い込まれていくようなものがあった。完全にわからないというのでもないが、完全にわかるわけでもない。そのような言語に寄っては離れ、近づいていく。人々の中、芳垣さんがちょうど背中から見えた。背後から見てもうっとりするほど見とれるっていうか凝視してしまう。特に芳垣さんは全体のリズムを形作ったりメリハリをつけたりする役割を担っていたと思うけど、はたまた改めて芳垣さんの魅力に触れてしまうのだった…。背後から見ていることによって、身体の動きというのはまた全然違って見えるからそれも大きい。つくづく芳垣さんの身体から生じられるリズムが楽しくて好きだなあと思う。音響面では大友さんのギターの音がめちゃもこもこっとしてたのが普段と違いすぎてて笑っちゃうような気がして面白かった。この場ではそれもあまり気にならないというか、そうゆうものとして存在できるというものがあった。こだわっていないという事でもなく。いつまでも終わらない祝祭のような雰囲気がかおっていた。色々とすごすぎて、すごいとしか言えない気がしてあまりよく書けない。こうゆうのがだめだな。

そのあとIさんが夜ご飯にカレーを食べに行くというのでついていく。のこのこと。新橋駅からもそんなに遠くなくふだんはオフィス街なのかなと思うがこの日はインドの人たちかしらと思う家族連れのお客さんが多いようだった。私はビリヤニを頼んだら量がもりもりだったけど、ヨーグルトみたいなすっぱいとろとろをかけたら味がまるで全然変わってきて色々喋っている過程もあったせいなのかするする食べれてしまった。なるほどおもしろいな。ビリヤニは前にも食べたことはあるが、こんなに変わるんだっけな?と驚いた。Iさんは礼節記念ディナーを頼んでおり、あらゆる数々の品がならんでいて食は奥深い。このお店に来るまでのあいだ、私はすっかりライブの良さにうっとりしていてお店に着いてからも浮かれていたかもしれないとあとから思い、恥ずかしいような気がしてきた。しかし自分の胸に残され、託されたかのような感動というか感銘というか全身の震えの塊の熱がひかないうちにはどうしようもない。しかし私はいつもそんな醜態みたいなものをさらしているのかと思うと恥ずかしい以外にない、しかしどうしようもできない、ということでいたしかたないという結論。新橋駅まで行き、別れた。いろいろと気づかってもらってばかりで、自分はそんな恩恵をうけるようなひとではないのだがと思わずにいられない自分がいる。そうゆうことに慣れていないのだなあと思うし、自分がなにかずるいような、だましているような気さえしてしまう。人の親切は素直に受け取りたいのに、それでも疑ぐりを隠せない自分がうようよしているのだなあ。でも人に何かしてもらって、それにまた自分も何か返せたら良いのかなと思う。そのように相互であることは気持ちの良い気がする。自分の未熟さが露呈してしまいそうなのがこわいのかもしれない。