液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

もともと全然行きたいとも思っていない両親とのハワイ島旅行、でも子どもなら行ってあげないといけないのかなというおもきで、それくらいは努めなきゃいけないのだろうと思うことにしていた。でもちょくぜんになればなるほど行きたくない気持ちは高まるばかり。ゆううつで仕方なく、こないだおばあちゃんが急に入院になったタイミングでどうにか取りやめにならないものかと希望を抱いてさえいた。もともとは姉夫婦も行く予定だったが姉の妊娠がわかり、私と両親だけになった。その時点でも取りやめにならないのかなと思っていた。加えてオウガのライブの方が断然行きたくてしかたがない。とにかくどこにも行きたい思いが見つからない。役割、義務を果たすということだけを課さねばならなかった。

でも、そんなことを思うこと自体私の思い上がりだったのだ。私にはそんな役割果たせっこなかった。そんな度量も器量もなくて、もうこんな人たちとは縁を切りたいくらいだ。一人暮らしをしようと決めたったのも、このままこの人たちと同じ屋根の下で暮らしていくのは息苦しいと思ったところが大きく、そして今となっては実家に帰るのもあまり気が進まなくなっている。親といえば自分よりものごとをよく知っていて頼っていいのだと思っていたような節があると思うが、なんとなくそういったものも薄くなり、変わってしまったように思う。年老いたといっても両親はまだ60代だがそれでも自分が子供のころにくらべれば充分のような気もする。そして私も年をとった。そこにはもう親子といえど大きな差異を感じるようになっているのだろうと思うことはある。いつまでも同じなにかを共有する共同体ではないのだ。そしてそのぶん子どもの私は親を気づかい慮る気持ちを持たねばならないのだと思うようになった。自分の気持ちを優先させるよりも。

だけれど、親の中で、母の中での私はいつまでも小さな体だった子どもの頃のままなのだろうと感じる。そして与えてやっているのだと思われている。だからか、娘には何を言っても良い、どれだけ侮辱しても良い、叩くことも蹴ることも許される。私の感情も、心情も、勝手に決めつけられる。私が気分をわるくするのが悪いのであって、それを私が拗ねてだだをこねていてるのだといともたやすく断定し罪とすることができる。なにもかも私が悪いのだ。小学校の時も高校の時も、学校に行きたくないとなったとき同じく母は私を決めつけていた。責めていた。だから私はこの人に言ったって伝わらないと思っていた。私はなにも言わないことを選んでいた。大学を出たあとも同じだった。ずっとずっとずっと同じだったんだ。そうだ、そうゆうことだった。そ母にとっての私は都合良い道具にしかならない。私は都合良い娘として、良い娘を演じることを、存在でいることを少しは頑張って演じなければいけないと自覚していた。

私はもう自分を否定し尽くしてしまったから、もうなにも残っていないのだ。否定しきってしまった。ただその出がらしだけが残っている。なにもないということだけが残された。もう私は私をこれ以上否定する事ができない気がしてしまう、それは前々から感じている。もうだって何もないのだから。自分が否定されることにはもう慣れきって、飽きてしまってさえいるという感覚。それくらいに何もないという感覚。それはなんて愚かなんだろうと思うと同時に、なんて、言葉にできない。それはやってはいけないことだったのだと思っている。それによって私にはもうないもないんだという呪縛が強くかかりすぎているし、実際にそうなんだという真実から動けなくなってしまった。まやかしが効かない。何もないということをどう証明できるのか?といえば、手立ては何もない。ただ私の実感の話にすぎない。だから誰にも信用されない話だ。誰にも伝わらない話だ。でも、それでもあるこの手ごたえはじゃあ何だというのか。この感覚はどこにも捨てられない。えぐられて、掘り上げられた穴だけがある、そのぽっかりとした穴は私にしか触れられない。その穴をどうにかして埋めなければと思っている。だから、そのためにちゃんとしなくちゃって。少しでもまともそうな人にならなくちゃって思う。全然簡単にはなれそうにもないけど、努力しなきゃって。でも母などからしたらそんなのおかまいなしだ。いつでもいつになってもギャンギャン私を埋没させ壊しにかかってくるのだろう。私が悪いのだと、なぜそんななのだと、私が返す言葉のない場へと追いやる。私の何が悪いのだろう、なんで私が悪いのだろう、私には良いところなんてないのだから、私には悪いところしかないのだから、私になにか良いものを求められても何も提供できるはずがないのだ。私は最初から出来の悪い子どもだ。小学生の頃からそう自認している。生まれてきてごめんなさいと親に土下座しても、きっともうそんなことも忘れられている。私の中でそのときのことは何度思い返しても心が痛く、それでいて、ずっと思い続けていた思いをようやく口にすることができて、そのことによって親を憎むことへの怒りのエネルギーから解放された機会でもあった。でも結局それはそこまでしなければならなかった自分の痛さ苦しさが刻印されてしまった思い出だ。私はいつまでたっても悪い子どもなのだろうか。もういやだ。私はもう私を傷つけたくないのに、それでも頭に浮かぶのは私の悪さについて、なのだ。私の悪さは、もう手遅れだ。存在を否定することなどもはや意味を持たない。最初から祝福などない、過程にもない。だからもう言わないでほしい。無理だろうけれど。親とはあまり関わりあわないようにするしかないのだろうな。親とはただ親という人にすぎない。親から離れなければいけない。意志の弱い私にどこまでできるだろうか。でも振り回されたり、気を使わなければいけないことはもうやめなければ。してもらう、してやってるという関係を抜け出さなければ。頭が痛い。