液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

昨日はオウガのライブには行けず家には18時半頃帰ってきた。前の晩に泣きすぎて目が重くて仕方がなく、両親話をする気力もない。ひとりでレトルトカレーの朝ごはんを食べた。それからタクシーで空港へ。早々にチェックインしてこれからホノルルへ行く両親とは別れた。気をつけてねと言われた気がするがそれになにか返すような余裕もなくなんの返答さえしなかったかもしれない。ほぼ屋外の待合所。ようやく帰れると思うとありがたくてしょうがない。父は最後もやはり無関心な人だった。つい毒親というワードで検索した。ああ、今までずっと毒親とまでは言わないだろうと思ってきた、それは断定を避けてきたみたいなものだったけど、毒親に近いものはあるんだろうと思った。自然と最後に通ってた心療内科であなたはアダルトチルドレンですねと言われたときのことを思い出した。本を開いて見事に自分があてはまっていったときの驚きと安堵。自分の苦しさには出どころの理由があったのだ。でも私にとってはけっこうそれだけで納得を得られてしまいそれ以上を深く追求する気にはならなかった。そのあとも結局カウンセリングを受け続けるお金への罪悪感がつらく、通院もぶっちぎってやめてしまった。それで両親への怒りはおさまったのだと思ってきた。両親という人たちも未熟な人に過ぎないから何かを期待したりするのはやめたほうがいいし、子供に期待しすぎる親をいさめるべく私は自分はしょうもないのだから期待をしないでと繰り返しつきつけた。そうやってどうにかリセットをしていけると思ったが結局親に対してのうざったさは増し、父は相変わらずの無関心、私もまるで関わる気はなく、このままずっと一緒に暮らしていくのは無理があると思って私は家を出た。それでも、それなりにうざいがものすごく悪いひどい親として認定することはできなかった。親子とはその程度のようなものだろうと。ああでも違ったんだ、それじゃあ違うんだって、ようやく気づいた。今までぜんぜんなんにもわかってなかったんだ。

 

会社に行きハワイの話がぜんぜんないので引き気味に笑われる。ちがう、それよかまたひっくり返ったゴキが出て…という話をした。ひさびさに外での車の仕事があったのはすっかり忘れていたが天気は良く寒いこともなく良い気分転換になったかもしれない。