少し前から会社の出勤時間を早めたのもあるけど休みの日でもとにかく目覚ましより早いうちに目が覚めてしまう、肉体的に疲れたりしてないから余計に。やはり夕飯には米を食わないほうが朝起きたときの胃の重さがなく、気持ち良い。最近そのことをまた忘れていた。そうだったそうだった、米は昼食べるほうが良い。夜は軽めに。長年の習慣で夜をがっつり食べようとしてしまうが、特に今の環境ではそれはあわないと思う。食べたいものは食べたいけど、それで太るのを気にしすぎるも疲れるし、でも体が気持ち悪くなるのも避けたいし。そう考えたら食べることの息詰まりもなんだか気楽になった。NHKアップリンクの浅井さんがインタビュー受けてるのを見た。行ったことにけど、吉祥寺のアップリンクなんだろうなと、座席のレインボーカラーでわかった。あの鮮やかなレインボーカラーがたっぷり映ってるのがなんだかよかった。7時半からBSでベルリンの壁の市民と秘密警察の闘いみたいなイギリス制作のドキュメンタリーとロックが崩したベルリンの壁というこっちはアメリカ制作ドキュメンタリーを見る。午前中は刺しゅうを進めるぞ、と決めていたから朝ごはん食べながらの刺しゅうしながら見た。続けての放送で続けて見たからどっちでやってたことなんだか、もはやごちゃごちゃになってしまった。しかしやはりソ連の時代を知っている人、生きた人と知らない世代の分断は大きいんだろうなあと思った。そして音楽は実に政治にも利用されてきた、けれど音楽はすべてそれで政治の言いなりにはならなかった。それは音楽そのものの力だけの話ではなくて、それを受け取る聴衆がいたからだ。音楽は自由なんかじゃない。けれど音楽は人に何かを伝えてしまう。個人から生み出される音楽がたくさんの聴衆と共有される場、時というのがいかにして必要とされ求められたというのか、その成り立ちを見るようだったな。なんだか考えさせられた。フェスというのも、その源流にはいったい何があると言えるんだろうか。最近は一層BSのドキュメンタリーを漁って見ることにしている。昼頃に、ツイッターで安倍首相のアカウントが星野源の映像と自宅で自身がくつろぐ様子をドッキングさせた映像をあげているのを見てものすごく気持ち悪いと思う。まるで多くの人が信じられないのではないかと思うような。こんなひどさってある?と思う。ロシアが外出して騒いでた若者5人を銃殺したのを笑っていられるような国ではなかった。ニュースで結局和牛支援に何百億だかが当てられるというのを聞いて、私は和牛を自分で買ったことなんてないし和牛を買う生活なんてできないよと思ったばかりだが、もうそのニュースさえもこんな動画で吹っ飛んでしまう、そうゆうの狙ってるのか知らないけど。こんなに壮大に失敗する真似事で何かを語ろうとするなんて、友達と会えないとか飲み会ができないといったことが悲しみの想像でしかないなんて、そうならそうでいいけどそれならばぜひ首相を辞めてもらいと思う。もうほんとにこんなのいやだ。こんな人たち本当にいやだ。頼むから辞めてほしい。すっかり気持ちが苛立ってしまい、お昼を食べて、食べながら、アマゾンプライムでアニエスヴァルダの「幸福」を見る。これはシネフィルWOWWOWプラスの作品っぽい。無料期間を登録したんだった。始まりは至極真っ当に絵に描いたような家族4人の幸せに包まれまくりの私からすると嘘みたいな家族。夫は内装の仕事に精を出し毎日きっちり働き妻を愛し、妻は裁縫の仕事と家事に育児を文句一つなくこなし夫を愛す。ふたりの愛に嘘はなさそうだ、とは思う。このようにして人は愛しあえるのか、と思う。だが夫は不倫を始める。というか、もう一人別の女性を愛し始める。その顔色、言葉にはまるで嘘みたいにこれっぽちの罪悪感もないようだ。別の女性をまっとうに愛し、自宅に帰っては変わらぬ愛を妻にささやける。確かにそこに嘘はないように見えてしまう。クッソな男だなと思うのだが、それはその言葉が嘘くさくて気持ち悪いなと思う面が強くて、それぞれの女性をそれぞれにただ同時に愛しているのだということは、決して成り立たないことではないとは思う。ただそれを妻が受け入れられるのかどうかということだ。打ち明けられたあと、突然妻は死んでしまう。夫は悲しむが、それでもすんなりもう一人の女性に結婚しないか、子供たちも愛してくれないかと誘う。もう一人の女性はほぼ抵抗もなくすっかり妻になり、母になる。まるでインスタントに幸福はできあがった。幸福はいくらでも作り出せるのか?なんか、なんだこれは、という映画だな。まあ特徴的なのはかなり意識的な色使いや言葉使いでもある。えーなんかわかんない、これはどうしたらいいんだ。私には嘘くさく聞こえる夫の愛の告白もそれは本人には偽りでないのだろうと思う。これが愛なのだと言える純真無垢をむきだしにして。でもそのふるまいはどこか愚かにも見える。なぜだろう。愛を証明するものなんて、ないんだろう。

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