昨日の夜、また父が家を出ていった。ちょうど以前から1ヶ月ぶりくらいだろうか。私が帰宅したのが20時ごろだっただろうか、帰宅するというのが憂鬱で仕方なくなっているわけで、家の中に入った途端息が詰まり始める。リビングで、父が居座るテーブルで、ご飯を食すということさえしたくないのだった。その存在の臭さ、廊下からリビングのドアを開けて入るとすぐににおうその臭み、そしていつもいつもいつもただそこに座っているだけのでかい図体、立ち上がっても邪魔だけど座ってそこにいるということを目に入れるだけで不愉快になる。苛立ちがつのり、その嫌悪に対抗するために私は口を固く閉ざすのだろうか。そこで母だけが立ち回るのだ。ああここで食べたくなんてない、この同じ部屋になんていたくない、どうしたらこのリビングで食べずにすませられるだろうか、もしくは速さで食べるしかない、そんなくだらないことが憂うつで水をコップに入れて自分の部屋に行くことにした。台所に立った母がカウンター越しに父に何かを言っていた。それはおそらく私の食事の用意についての何かだった。豆腐がどうとか、豆腐の皿か、豆腐に乗せる何かについてだったのか。父はいつも通り聞こえてないんだか聞こえてないふりをしているんだか、何にせよ自分には関係のないことを言われて無関心な態度をとっているようだったが、母の言い方に少しずつ不満がつのっている気配を感じてこれは一歩間違えば喧嘩に発展するんじゃないか、とは思った。その予想は的中した。自分の部屋で洗濯物を畳んでしまっていたら父親の怒号が聞こえ始めた。ああやっぱりと思った。落胆した。相変わらずすげえでかい喚き声を発し始めた。大きな声をあげるしか脳がないのだと思う。そのでかい声で全てを支配できると、従属させられると思っているのだろうか。やっぱりだ、やっぱり私が家にいるからこんなことになるんだと思った。前回の家出がおそらく初めて長期間、っても1週間くらいだがいなくなった出来事だったようだし、それまではとにかくひたすら和室に閉じこもるスタイルをやっていた。4年前に家を出るときにも自分がいるからこの家はダメなんだろうと思っていたし、実家に帰るかどうかで悩んだのも自分がいることで不和が発生する原因になるんじゃないかと予想することができたからだ。それはやっぱりそうだった、わかっていたはずなのにのこのこと楽観視して、時間の経過の変化に希望を見出しちゃって改善されてやっていけるはずと簡単に意志を曲げてしまった自分が愚かだったのだ。まあ、ずっとは無理だろうなと思っていたし、一年も無理かもしれないとはもちろん思っていたが。私はそうやって自分が悪いのだと自動的にかなりスムーズに思ってしまう。ここで誰が正否をジャッジをできるだろうか。やっぱり家を出るしかないと思って部屋探しは始めていてただ母にこのことを言うのが憂うつで、また絶対何か嫌味を言われるんだと思うとうんざりで、でも早いうちに言っておかないと自分の決心を先に進められないと思っていて、ああこれでもう今はっきり言うべきタイミングがきたと思った。父の暴力的な暴言に母も切れ返していた。ガッシャンガッシャンと物音も聞こえていたがあれは何だったんだろう。もうこう言ったやりとり、音を聞くのはうんざりだ。何度うんざり思っても終わることがないんだと思い知る。もう36なのに。涙が出た。こんなところにいたくない。母は何でこんな男と結婚したんだろう、何でいまだにこんな男と一緒にいるんだろう、何で何で何で信じられない。何でこんな奴が私の父親だと言うんだろう。ありえない。母が不憫で仕方ないのと同時にどうして別れないのかと怒りと軽蔑の念を持つ。2.3分後、母が食事をおぼんに乗せて持ってきた。無言ののち、やっぱり家でるわと言うと、愚かだと言わんばかりの声音で何でそんなこと言うの、またお金なくなっちゃうでしょうと言い返される。あの父親と一緒に暮らすのは無理だからと言うと、母がすんと身を引くのがわかるようだった。私だって嫌なんだからそりゃそうだよね、それを無理に引き止められはしないと言った。同時になおこがいてくれたら隣のまりこたちだって助かるし私だって助かる、いてくれた方が良いといったことも言っていたが、もうそういったことで気持ちが揺らぐとかそうゆうことはないのだった。私は黙っていたが、涙が出てきた。あの男が心底嫌だった。ずっと黙っていたけど言ってしまえと思って、あいつは十条の家そっくりだ、十条のおじいちゃんとおばあちゃんも隣に住んでたのに私たちの面倒を見ることもおもちゃを買ってくれるようなことも一切なかった、それと全く同じことをしているあの男は。そのことが私はきっと許せない。嫌悪であり、嫌悪すぎて言葉にできない。気持ち悪い。それは母を苦しめ惨めにさせた傍若無人で無責任な人間のすること、それは忌み嫌う人々。自己のことしか考えず他者からも自己だけが優遇されていたい人。母が言われてみれば同じだ、と言った。そして父が洗面所などでガサゴソ音を立てているのが聞こえてきて、ああ、また家出して実家に行くつもりなんだなと思った。ああ本当に嫌だ。そうやって逃げることしかできない。いつも、ずっと、これまでもこれからもずっとそう。そしてまたしばらくしたら何もなかったかのように帰ってくるんだろう。帰ってこなければいいのに。早く死んでくれたらいいのに。死んで終わりにしてほしい。謝ることも自分の過ちのこともわからないまま、自分が大事にあつかわれないことに憤怒したまま、死んでほしい。終わってほしい。父が出ていった後、リビングで夕飯を食べた。これまで黙っていた気持ち悪さについて吐き出した。母もずいぶん言っていたから、ああこうやって女たちはみんな黙っていたんだな。私が父に結局何も言わないでいるのは何でだろうかと自分でも思うけど、それは母が父に何度同じことを繰り返し言っても一向に何一つ改善されることがないのを見てきているからと言うのが一つあるのかもしれない。話をしたくない、と言うのももちろんあるがそれはまるでサボっているようでもある。わざわざ何かを伝えたり注意すること自体どうせ無駄になることを知っている、そこに力を尽くしたくもない、関わりたくない、ただひたすら無視していたいがその存在が目に入ることも耳に入ることも鼻に入ることも結局は防げなくてひたすら女たちは我慢している。そのことにうんざりだ。結局あの男だけが得をしている。うんざりだ。死んで帰ってこなければいいのに。

父がいないと言うだけで、気持ちがずいぶん広く明るくなり、開放される。