液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

最近は仕事が少し立て込んできたり、ゆるんだり、が細かに変動している。来週にかけてがせわしなさそうだが、いい具合に休日出勤をスルーできるかが問題だ。台風は、日曜の朝にはどうにかなっているだろうか。水曜だから映画でもと思うが、いやそれより本読めがある。20時からアトロクに是枝監督が出ると言うのでご飯をさっさと作らねばと思う。あいトリで待ち合わせしてる友達から13日も休みになったわと言う連絡が来る。あ、そう、と思うが、ああきっと他に言いたい事があるんだろうなあとはなんとなく思う。じゃないとわざわざこんな事メールしてこない。見え見えだ。とりあえずご飯さっさと作って、わ、もう20時と思ってラジオつけたら、なんとゴッキーが裏返ってそこにいた。悲鳴にならない驚愕しかない。裏返ってるが、完全に死んでるかは定かでなく、ほんの20分くらいの間に現れた事を考えると、いや考えたところで何も解明できない。とにかく処分しなきゃいけない。虫嫌いが行き過ぎているので本来ならここであさいさんを無理くり呼んでもおかしくないが徹夜で疲れてたの知ってるのにそれはできない、裏返ってるし、、なんとか自力でやらなくちゃいけない時がきた、と覚悟を決めようと思うがガクガクまじで震えすぎる手からむしりとったキッチンペーパーの束が床に落ちていった。拾っては落ちるコントではなかった。キッチンペーパーを束にして上に置くと動かなかったが、それをビニール袋の上から掴もうとしたら動いたので悲鳴する。だが大きくは動かない。でもここで殺虫剤かけたらすごく動くかもしれない。それは嫌だ。なのでキッチンペーパーにスプレーをかけてそれを上に落としすかさずビニール袋で掴んだ。その手が本気で震えまくっていたので私は疲れた。どっと疲れた。汗をかいている。心臓が悪い。つらい。なんなんだよ一体どこから入ってきたんだよおおおお。もうやだほんとやだ。もう死にたい。つらくてやってられない。泣きたい。でも何も出ない。作ったご飯を食べるしかない。是枝監督を聞くしかない。もはや世界はめちゃくちゃだ。崩壊後でしかない。是枝監督の話は面白い。友達への返信が中途半端だった。めんどくさいので、当日適当に連絡とって落ち合おうということにいつもしている。名古屋での宿泊にはホテルを取ってあったが、泊まりにきてもいいよと言うので、宿代浮くのはでかいので泊まらせてもらうことにする。人恋しいの?と聞いたら、そうかも、と答えられた。

朝7時半頃、母から電話でおばあちゃんは5時半ごろ亡くなったと聞く。父は2時半頃に病院から電話があって出て行ったとのことだから、看取ったのだろうなと思う。そういえば両おじいちゃんも朝方亡くなった知らせがあったんじゃないっけと思う。なぜだろう、老人は朝方死ぬのだろうか。しかし私はほっとするような気がした。いや、ほっとすればいいのか?と思ったのだ。違うかな、どうだろう。いやでもほっとしていいのだと思った。はっきりと死んだのだ。そのことに私は恐怖を覚えなかった。日曜のあれは一体なんだったのだろう。

台風が近づいてきているので、連休の名古屋行きが心配になる。そしたらおばあちゃんの葬儀がカブってきた。でも母がお通夜は出なくてもいいよと言うので、印象悪くない?と聞いたら、誰に悪いの?気にしなくていいよと言うので、それならいいか、一人くらい空気読んでないアホがいるのも必要だろうと思うことにする。チケット屋で新幹線のチケットを買おうと思っていたが、JRが動くこと自体怪しく、まだ買わないことにする。

あいトリで一緒にパフォーミングアーツを見る約束をしてある友達に連絡を取る。約束したのが2ヶ月前か。ちょうど不自由展が展示中止になった頃だ。どこで何時ころ待ち合わすかなどをざっくり話す。なんかいまいちはっきりした事を言わないのが相変わらず、ずっと相変わらずで、うん、とだけ返してくるのとか、子どものままなの?と思う。でも結局その友達と会話している私自身もまるで子ども、子どもの会話みたいなものだった。悔しいので、スンとした態度で貫き通した、つもり。

最近あまり展示などを見に行く気力を持てないでいる。夏は特に頭痛が頻発するし、今は生理前だから体力温存などの理由もあるけど、何かを摂取する事、しようとする事がこわくなっているような。見ることに興味を失ったのかもしれない。あいトリ行くまでに読もう読もう思いながらスルーしまくってきた東浩紀の本を2冊読み終えたいので、それを必死に読んでいるのもあるが。

母の誕生日とおばあちゃんの命日が同じ日になったな。父方のおばあちゃんとの思い出はろくにないので、それらが象徴となり印象的だ。

土曜の晩に、母からの電話。今さっき父方のおばあちゃんが転んで、手術をすることになったとかいう話と、明日の美容院の予約の話。あ、そうなんだ、って感じで電話を終えて湯船をはったお風呂に入った。出ると、母からの着信履歴が10分ほど前にあるので掛け直する、おばあちゃんはくも膜下出血で手術をするという話になっていた。そして美容院には私の後に母も予約入れてるって話をされるが、聞いてないんだけど?私は美術館に行こうと思ってたけど?と思いつつ、抗う気持ちもない。くも膜下出血ってそれ死なないのか?など思いつつ明日が早いのでジャズトゥナイト聞きながら寝る。全然聞いてない。朝になって、母から美容院の後病院にいかないとならないというメール。最後になるかもしれないからとのこと。急な展開。しかし詳細などが一切わからない。わからないのでイマイチ信用もしきれず。

美容院でカットと毛先のパーマをお願いする。短くしたらこんなにクセがあったのか、と驚愕した。サラサラになり、随分まともそうな人になった。終わる30分くらい前に母からカットとカラーで予約してたのをカットだけに変更するよう伝えておいてとメールが来た。相変わらず詳細はわからない。美容師さんにそのまま伝えた。しかし私はそれだけで嫌な予想をするしかなく、自分の顔がゆがみ、引きつりはじめているんじゃないかと思えてきた。しかし、美容院にいる私はメガネを外しているので自分の真正面に据えられている大きな鏡に写っているであろう自分の顔を一切見ることができていない。ただ、顔の筋肉が少しおかしいんじゃないかって気がしただけなのだ。それは気持ちの動揺なだけだろうか。なんとかそれを取ろうと思うが、へばりついてて外せない気がした。まあどうせ元から整っているわけでもないし、所詮その程度の顔だ、と諦めることにする。美容院を出て、少し歩いたとこでちょうど母に会う。そこのスタバでお茶飲んでるから、とだけ会話を交わす。相変わらず何もわからないまま。スタバで1時間ほど、持ってきていた本を読むこともなく過ごす。消費税が高い。なんだよこれ、と思う。忌々しくてしょうがない。

母と落ち合い、歩きながら話を聞く。父は昨晩病院に車で向かったのち、手術が終わってから夜中に帰宅して、また病院に行くらしい。もう長くはないこと、もう意識が戻ることはないと言われていることなどを聞く。もっと長生きすると思っていたけど、と母。とりあえず昼を食べようってことで茨城のアンテナショップのレストランで悠長に食べる。思えばこの時から私自身は何かバランスを取ろうとし始めていたのだろう。そんな簡単に暗くなり、悲愴なフリもできない。そんなこと言ったって、簡単に死ぬわけないと、自分がへらへらとすることで、思いたかったのかもしれない。

食べ終えて、東十条駅で姉夫婦と合流して病院へ。子供の頃、東十条にピアノを習いにきていたわけだが、子供ながらここは下がった場所、多分坂を下ってきてたんだろうからそりゃそうなんだろうが、なんか湿ってるなあって感じは受け取っていて、その感覚がまるで沸き起こる。でも子供の頃はもっともっと暗いところってイメージだった気がする、というくらいには商店街などは明るく和やかだった。

病院に着くと、マスク着用が必須で、もちろん誰も持参していないので2個で100円というマスクを買う。ナースセンターのすぐ隣の小さい個室がおばあちゃんのいる部屋だった。ビニールカーテンを開けて中に入ると、そこで横たわっているのは私の知らない人だと思った。その時の衝撃、驚き、受け入れがたさが忘れられない。眠っているからだろうか、そのせいもあるだろう、私はおばあちゃんが眠っているところなんて見たことがないし、人が眠っている姿はあまりにも無防備すぎる。けれどそれにしたって、この人が本当におばあちゃんなのか?え?全然違くない?と私は言いたかった。言える雰囲気ではなかった。白髪の混じった髪の毛は一切顔にかかることもなくおでこから上へと流されている。いつもの髪の毛は整えられていたのだ。化粧っ気もほぼない。表情がない。シミは、このようにして以前から存在していたのか?なぜ今まで見えていなかったものが今ここで見えるというのか?やはり私はこの顔を知らないと結論を出さざるを得なかった。証拠がない。私がこの人をおばあちゃんだと思える確信はなかった。ただ父とおじさんがこの人を自分の母親だと指しているから。それだけでしかなかった。父が、もうこれが最後の時間だから、とか言ったようなことを言った。私はそれを聞いて涙が出てしまった。おばあちゃんの今これは、寝ていると言うのか?意識が戻らないと言うのはどういうことなのか?今こうして本人の身体の前にいるのに、これは会っているというのか、会っていないのか。人工呼吸器だけで生きながらえている、外せば止まってしまう、じゃあ昔ならもう息をしていないのか、など考える。そういえば病院に入るとき、病院の匂いがして、いやだ、とつい口に出た。母にしょうがないでしょ病院なんだからと言われた。その病院の匂いはだって、おじいちゃんのお見舞いに行った時の病院のいやな匂いと同じだった、そのことが私には思い出されていた。父方のおじいちゃんの後母方のおじいちゃんも入院して死んだし、父が入院した時にもどこでも同じく病院の匂いはしていたが、それでも私が初めて病院の匂いというのを感知した時の経験が鼻腔から引き出されるとは。

おじさんから転んだという時の詳細などを聞く。ずっといてもしょうがないので、帰ることに。父と母と姉夫婦とでドトールでお茶をする。家とかアパートとか相続の話とか現実的な話など。このまま一人の部屋に帰っても暗い気がしたので、新しくできたというコレド室町の新しい商業ビルに行ってみることにする。JRの神田駅から歩いて7、8分で着いた。中は人がたくさんいたが、この賑わいがこの先ずっとどのように維持されうるのだろうか。なぜこんなにも商業施設は次から次へとできるのだろうか。友達の誕生日プレゼントを探そうと思っていたんだった。台湾の石鹸などを扱うお店で、プレゼント用の石鹸と、なぜか自分用のハンドクリームを買う。3800円は明らかに高いが、なぜか、まあいいやと買っていた。今になれば全く買う必要がなかったと思う。後悔するという後悔。でもなんだか店員さんと話をしていたらそれだけで自分のテンションがおかしい気もして、買う勢いにのってしまっていた。そう、あとから考えればこの時点でも十分におかしかったのだ。

花屋で千円程度に花を買って帰った。それから私は大泣きしていた。そんなに堂々と無邪気に我を忘れてまっすぐに泣けることはもう滅多にないことだ。けれどそれはこわさから来るものだった。私はただ怯えていた。だから、泣いたってなんの快楽も解放もない。泣きながら泣きながら、少しずつ自分の頭の中で整理していた。それでも泣くことが止められなかった。どんどん気持ち悪くなってきて、精神的にきつくなってきた時にやってくるげっぷ症状も始まった。このげっぷ症状そのものが昔を思い出せてくるのでそれもまたつらい。なぜ身体はこんな事を記憶しているんだ、この身体の記憶が消えないことが、捨てられないことが、自分を自分に忘れさせないという呪縛そのものだ。崩壊するように泣きながら、自分に一体何が起こったか、ふり返り、つなぎ合わそうとする。ああ私はこわかったんだ。猛烈に死がこわかった。おばあちゃんがおばあちゃんじゃなかったことに私は強く動転したのに、その事を口に出せずつぐんでしまった、スルーしてしまったから。それがなんなのかわからなかった。それをそのまま持ち帰ってしまったから。泣いても泣いても癒しはなかった。居心地の悪さが高まるばかりで、誰かに話をして頼って楽になりたかった。でも誰もいなかった。わかっていた。とりあえずこの今を書いておかなくちゃと思って、メモに残した。それから少し寝たらしい。起きてもまだ気持ち悪くて、まためそめそと泣いていた。私は何を読めばいい、聞けばいい、見ればいいのか、急に、何かに頼りたくなる。

 

 

死を前にして他の誰かの死を思い出している

死がこわい、死そのものが

死ぬとわかっていて、死なないという設定を築いている

死ぬからって死ぬ想定で関わることはできない

今生きているなら生きているように扱い対峙しなければならない

そうしないと生きていけない

生きるためには死は必要か

死を受け入れたくなさがある

死ぬことは当然だ

まだ死んでいない、これから死ぬ体

たましいが、ぬけていってしまう、いなくなってしまったら、もうおわりなのか?

たましいが、いってしまう、そのとき、そのとき、それでも、そのからだを、わたしは、知っていると言えるのだろうか、その体の人を、そのひとと、わかるのだろうか

病院で、その人がおばあちゃんなのかどうか私は分からなかった、まるで、知らない人だった

私は、知らない

そのような無責任さ 

私に似ているというそのおばあちゃんの顔が私にはわからなかった

眠っているというのか?これは

意識とは?

意識は、どこへいってしまうのか

あった意識は、どこへいってしまうの

いなくなってしまうの?

こわい

オウガのライブを見るために松本へ向かう。新宿のバスタを8:55に出る京王バスに乗車。2〜3週間前、最後の1席をギリギリで購入した。続けて山梨に仕事で行ってたのでまた同じ中央道の景色だなあと思いながら、名古屋に行くときだって同じ景色だったけどと思いながらわりとあっという間に松本バスターミナルに着いた。予定より早く12時過ぎくらいに着いたような。天気予報では終日曇りだったのに、すこーんと晴れていた。でも気温は高くないし、湿度もなく、一年中こんな陽気だったらなあという天気。やっぱり松本は気持ちのいい街だなーとたやすく思う。ただの観光客だから。前日にグーグルマップで探して良さそうと思ったガレット屋さんへ行く。ランチセットでスープ、ガレット、ドリンク、デザートクレープのついたものを頼む。女性2人だけでまわしているらしく、慌ただしそうだがお店の人の顔が見えるのは良い気がする。ねぎ好きなので松本一本ねぎと肉の入ったガレットを頼んだ。少し甘酸っぱいにおいがしたので、ねぎはちょっとマリネっぽくされてると思うけど食べると酸味とかはない。ねぎの甘さ、ねっとりした繊維が良い。これはもっといろんな種類を食べてみたい気になる。カボチャのスープもしっかりと味があっておいしい。固形物があるわけでもないがよく味わえる良さ。結構お腹いっぱいに。

それから、すぐ近くにある、やはりグーグルマップで目をつけておいたmonbusという雑貨や衣服を扱うお店へ行った。店構えは上品だけど素朴な感じ。松本はそうゆう感じが多いかも。旅にきたときのほうが、こういったお店に入りやすくなる気がする。母への誕生日プレゼントを探していたので、目的がはっきりしていたのもあるが、なぜか寛大な気になっている自分がいるような。店主の方は気さくに話しかけてくれて、松本の良さの話など。私も色々条件が揃うなら松本に住みたい、数年前はたしかに長野に、松本で、暮らしたいと思っていたものだ。洋服とか靴もいいもの揃ってると思うけどそれらは見ないようにして、プレゼントにはネックレスを購入。あと自分用に靴下。

そのあとぶらぶらしながら小皿を買ったりした。そこから松本市美術館へ。徒歩ですべて回れるので良い。空が広い。企画展の日本画は時間もそんなにないしパス。常設の草間彌生を見る。思っていたより見応えがあった。半分量のインスタレーション作品はずっとそのままで、あとの壁面作品は入れ替えするってことなのかな。鏡を使ったインスタレーション作品は4点くらいあり、あ、でもこんなに違うんだ、それぞれ多様なんだ、と鏡なんてどれも同じようなものと思い込んでた自分がうきぼりに。特にシャンデリアの作品は良かった。光があるせいだろうか。

17時くらいになり、はたまた目をつけておいたカフェへ。移動途中で雨が降ってきた。すぐやむだろうなとは思いつつ民家を改装したようなつくりのカフェ。女性ひとりでやっているみたいだけど、お菓子の写真が美味しそうだったから来てみた。カフェオレも丁寧な味でのみやすく、美味しかったし、浅煎りのものを使っていると言ってたな、レモンケーキもきゅっとすっぱくて良かった。予想通り雨はあがっていたので松本駅のコインロッカーへ荷物をいれに行き、松本Alecxへ。駅からすぐ、複合施設みたいな建物の地下へ。階段ですでに人が並んでいた。開場時間を過ぎて列が動いた。進むと、トイレのある廊下、壁面にはバントのポスターやチラシが沢山貼られていていかにもライブハウスっぽい、そのことになんだか感動した。松本という自分のいるとこから離れた街に来て、ライブハウスという場のもつ特徴的な空間はここでも通じているんだなということに安心したのかもしれない。ドリンクは500円でソフトドリンクなら2枚目のチケットがもらえた。こないだ秋葉原グッドマンに行ったとき、500円で2枚もらえた時代があったんだよなあと600円で1枚のこの悪くしかなっていない景気に思いはせたものだが、まさかまだこんなサービスをしてくれてるところがあったとは、とまた感動。当日券も出してたくらいかしキャパ300に対して全然ぎゅうぎゅうってこともないし、ほどよく埋まっている程度の客入りでちょっと意外な気持ち。でもとても見やすい環境ではある。天井が高く、ステージは低すぎず高すぎず。よく考えたらオウガをこんなキャパ、こんな感じのところで見るって今までないのかもと思う。スーパーデラックスで見た時が近さは似てたかもしれないが。実際始まってみると、前の方でもないのに4人の表情がよく見えて、あ、こうゆう感じなんだなというのがわかった、ということが初めての感覚だったので、今まで見えてなかったんだなあとわかった。馬渕さんは立ち位置や照明の関係上にもよるのか、なんとなく知ってた気はするけど、出戸さんはこんなにずっと目つぶってるのかあ、とか、馬渕さんと清水さんはやはり目線を正面へ、客席の方へ向けていることも多く目があった気になってドキいっとすることが何度もあった。勝浦さんはやっぱりそんなに良く見えないけれど、もともと個の強さを感じる気がする。目が見えるので、見えることから受ける情報というのは確かにある。見えなくても支障はないが。けれど見えることから膨らむイメージの手触りも確かにある。それはここに来なければ知らなかったことかもしれないなあと思う。キャパが小さければ、それだけステージ上でのメンバーの距離感も近い。そんなこと一つとっても感じられるものは普段の東京で見るのとは違う。演奏するのに距離感なんて重要かといえば大したことじゃないだろうとも思うが、そうゆう測りではない気がする。でもそういったものを発見するのが面白い。内容の主なことはツイッターで書いた。セットリストは一応なんとなく記憶したものをもとにしている。

 

音が少ないことは私にとってはより好みなのかもしれないと思う。もともとギター2本のバンドをあまり好まなく、それは音が多すぎると感じてしまう、うるさいと感じてしまうところがあるからで、ギター2本で好きになれるバンドは2本にそれぞれの役割を感じるようなバンドに限られてしまう。全ての楽器が鳴った時、余白があることで自分の体が入る余地があるような感じがして、それが好きだし気持ちいいと思っているのだ。そうゆう意味ではオウガは私が知った頃には十分音の隙間を感じられる音楽だったのだけど、ますます音を鳴らさない方向は好ましさを感じてしまう。とは言えライブではそこまで鳴らしてないこともないか、いやでも他に比べたら鳴らしてないのかも、でも他をよく知っているわけでもないし、と思うと判断がつかない。鳴らさないとは言え鳴らしている。密集しているわけではないので、個々人の音により一層耳がいく気がする。どのようにどんな音を出しているのか?出そうとしているのか?それを聞くことはすごく楽しい。音そのものに想像をのせられることはちょっと独特の行為になるなと思う。それは行為そのものでありながら、抽象的なものにすり替わる。うまく言えないが。

 

ライブは21時過ぎに終わった。ちょうど90分ほど。余裕を持ってワイドビューしなのに乗って長野まで行き、長野から新幹線に乗って実家へ帰宅。23時過ぎ。良い機会だった。書き記したいことがたくさん出てくるときもあれば、ないときもある。それぞれある。でも、たくさん出てくることそのものの面白さは果汁があふれている感じ。

 

仕事の帰りにユニクロでこないだいいなと思っては買わなかった薄手のニットを買う。ユニクロユーのなので早いうちに買ってしまったほうがいいかなと思ったのだが、そうか、もう、すぐ、増税になるんだもんなあと思うとどうせ買うならやはり今で良かったかなと思う。しかし増税に憂鬱すぎて、もう服は中古でしか買えないんじゃないか、いやそりゃあ全てじゃないにしても高い服はそう簡単に買う気になれなくなっちゃうかなあと思ってしょげた気持ちになる。

特に食べたいものもないので豚汁でも作って納豆と豆腐と漬物があればいいかなとスーパーに寄る。バラ肉がやや高いものしかなくて躊躇するが足を伸ばした他のスーパーに行くほどの気持ちもないのでいたしかたなく買う。しかし脂身が多いのが気になる。しかし…。でもやっぱり豚汁にするには脂が多すぎかなあって感じ。食べ終えたらすごく体がだるい気がしてくる。いや作る前からだるかったけど。でもこれは簡単なだるさでもなく、風呂に入る気力も残ってない。今日は一日あいトリに補助金出さないと文化庁が決定した報道によってツイッター見ててもあらゆる人が色んなことを言っててなんかそれ見てたら余計に疲れたような。どうかしてるこの国でこの先もずっと暮らし続けるのか。まだ見ぬ表現を見ることすら出来なくなってしまうのか。いったいどんなレベルでものごとを見て考えているのか。しかし2015年の時点で芸術家として百田尚樹を読んだ勉強会が開かれてそれに現文科大臣が出席してるわけだから、そうゆうことだってなわけで、それはどうも奇妙なことだがそれらによって培われた世界の侵食がどんどんやってきているということなのだろう。いつまでこの国はこのまま続くんだろう。