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掃除やら片付けやらを少ししてたらあっという間に時間がすぎててライブ見に行く前に映画も見ようと思ってたのに無理になる。嵐が丘をまた少し読みすすめ、あーやっぱりエメラルド・フェネルの嵐が丘は面白かったなーってことをひたすら今年は思い出してそう。それから渋谷へ。無印を少し見て、モスでアイスコーヒーで15分くらい時間をつぶしてからnestへ。nest、初めて来たような、前に来たことあるような、もう歳をとりすぎてそんな記憶もあいまいになる。やばいな、歳とるの。そんなこと起こっちゃうんだ。結局わからないままになるしかない。

nestの30周年記念でOGRE YOU ASSHOLEとNISENNENMONDAIの2マン。6階にあがって番号呼ばれるの待ってたらけんさんに会う。あれ?髪の毛さっぱりしました?あ、こないだ会ったのがスノボ帰りでしたもんねとか。こないだはブルーノートでのピノ・パラディーノ&ブレイク・ミルズ featuring クリス・デイヴ&サム・ゲンデルのとき。思い返せばこのあたりから石油やばいの?が始まった…
番号が12とかで最前で見れるかもなあと思うも生理前で体調がよくわからず、少し長丁場かと思うと後方でみるほうが安全かなとか散々まようも番号が早いことの方が貴重すぎるからと前で見ることに。先にNISENNENMONDAI、見るのは初めて。しばらく活動してなかったみたいだし、音源リリースもしばらくしてないなかでどんな演奏なのかなと思ってたら音源で聞けるのよりもっと断然暗闇でノイジーで瞑想的でミニマムな整いだった。ただそのなかで現れるかすかなズレやゆらぎ、うつろいがなんかとてつもない魅力として七色の光を瞬間放つようでいてそれらってオウガにもあるようなところかと思うんだけど、でもNISENNENMONDAIの方がこの演奏形態からして断然魅力的になるという驚き。あ、わ、こんなこと起こり得るんだ、と。曲単位として数えていいのかも判断しかねるが、最後の10数分が特にすごかった。聞いていると一拍目を失ってそれまでと違うところで一拍目をとっちゃうんだけどそれでもぜんぜん成立する感じでそれを何度かやっていた。どうゆう考えての演奏なんだろうか。袖に小学生くらいのお子さんたち3人くらいいてて、メンバーのお子さんたちなのかな。こんな母がいるってどんな気持ちなの?更に途中までオウガの清水さんもいたし出戸さんのような?真っ黒服に背の高い誰か?もいたような。そんなきゅうきゅうな感じが、ちょっと、六本木スパデラを思い出したりした。オウガはじめて見たのがスパデラだった。
オウガへの転換は狭いステージのなか素早くバーっと両バンドのみなさん、スタッフさんたちが動いて完成していてすごいなあと思った。そうゆう気持ちのいい仕事の流れ。去年のexpopのときもEASTで転換は見てるけど、それとも全然違うものになる。nestは柵もないしステージも低めでなんか全部丸見えだけどちょうどいい心地がある。だから目の前でメンバーが動いててもなんか平然と眺めていた。しかしこの時点で冷房しっかりめにきいてるからか、手が激冷えになりガチガチ。最近このパターンが多い。冷えすぎる。NISENNENMONDAIが19時から40分、転換を20分ほどで完了して20時過ぎからオウガへ、という流れがなんかやたら良かった。出戸さんがさらっとセットリスト置いたのが丸見えだがあまり見ないようにしとこう思いつつ、あっ素敵な予感やるんだああという喜びがもれる。

始まってすぐ馬渕さんのギターがよく鳴っているなあと思えるのは、昨年末リキッドからどう考えても馬渕さんのギターの音がすごくいいなと感じたのと通じてて、私のド好きな音ゾーンにきてるのかもしれない。その以前までってもうちょっとひずんだ割れが前に出てた気がする、少なくとも自分の耳にはそう聞こえてた。嬉しい。最前で見るとそれより後ろで見るより断然時間が砂が抜けていくようにするすると流れてしまう。資格情報が過剰だから、時間感覚がいつもより狂ってしまう感じ。大好きな素敵な予感も、嬉しいという喜びと、あ、どんどん過ぎ去っていってしまう、待っていかないでという失望のはざまで砂嵐に襲われているよう。会場の盛り上がり、みたいなものも最前だとその吹き溜まりがない感じで白けてるんじゃないけど白昼夢感。それはみんな同じなのでは?熱風が頭の後ろからやってくる。眼の前で音が鳴っている、という実感過剰。一昨年のリキッドでも最前で見たけど小さいステージの方が見やすくはある。家の外から朝へのつなぎはある意味コンパクトにまとめあげてたのかも。つなげる自然と変わっていく違和感。

見えないルールの馬渕さんソロ入る直前のブレイクぽいところでの勝浦さんの仕草、表情が秋ビールのCMにでもなりそうな良き渋さというか、はあ(ため息)、ここからうちのとっても良いものお見せしますよ、知ってます?という紹介でもしてくれそうな情感たっぷりでかっこよすぎて超あがった…勝浦さんのドラムはリズムの正確性というか時間の正確性を意識させられるような演奏で、演奏中もほとんどずっと目はつむっているしそう大きな動作をするわけでもない。そのなかでそれはまるでちょっと歌うかのような仕草だったように思う。その後の演奏も馬渕さんのギターとの駆け引きあうようなプレイで、それはまさに存分に"歌う"ような時間だった気がする。それはここ最近いつもそうなんだけど、眼にする距離感でぜんぜん違う生々しさに笑えてくるような面白さがあった。あの無邪気に跳ねる時間。馬渕さんの音の奥行きがぐっと浮かび出て渦巻く貝の奥の奥まで立体的に触れられるような質感にはびっくりだし、勝浦さんのキラめきの一瞬の絵になりようにもびっくりだし、どうゆうこと?!の戸惑いとともに演奏がキレキレすぎてあーもうほんと最近歳とってきたらいつも今日見るライブが最後かもと自然に思っちゃうけど(今は現状のこの先への不安ももちろんある)その不安もバチンとなにかがはち切れるようなキレキレのかっこよさが見えて、聞こえた。まあそれでもぜんぜん平然の一線を守りきるような馬渕さんのスタイル。足のつま先を揃えるようにして弾き切った姿がその象徴のようだった。によって守られるオウガのスタイル、イメージを間近で見ると、あーこの人たちほんとに実存してるんだなみたいな、確認として腑に落ちる。わーーー、今日あそこにいれて良かったな。
終わるとわりあい近くにいたけんさん、フロア全体に広がる今日のライブよかったねーという空気感のなかで人々が出口の1箇所へ向かいながら入り乱れている空間というのが最近改めていとおしく感じられることに気づく。見ている最中も私は笑顔になってステージを見ることができる、ああそういえば10代の頃はいつもそうだったんじゃなかったっけ?いつの間に私は笑顔になることが減ってしまっていたんだろう、まあそれも特別つまらないとかそんなわけじゃないのにいつのまにか忘れていたことのようで。あの頃はあんなに笑っていた、という思い出。最近はほとんどジャズクラブに行くばかりなのもあるけどキャパ250のライブハウス、たのしいなあ。nest30周年おめでとう。ステッカーもらった。

帰りの電車でハイになっててけんさんに最前で見るのと後ろで見るのとは全然違う体験になる!それを同時に味わうことはできない!それがいつも悔しい!ということをなんかやたら堂々と言ってしまったがあとから考えるとそりゃそうだよだしあほらしくて恥ずかしくなってきた。気をつけよう…つい楽しかったんだな。けんさんがオウガ好きになってこうしてライブで会うの、以前ならそれはROVOだったんだなあと思うとまあ嬉しいのと切ないのと。
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毎月毎月いくらかの赤字になりながらお金を工面してジャズクラブにライブを見に行く。だってお金を出さないと見れないんだもん。見なければ一生知らないままなんだ。だから80分90分のライブに15000円出したことにも苦い味わいなどはない。でも思いだすとやはり大きい金額なのではないかという問いが出てきてしまうから直視したくないだけ、な気もするけど。でも今はまだボーナスタイムなだけなのかも。いつかそのうち、それはすぐか、数年後か、わからないけど、そんなお金を出してライブを見に行くなんてこともできなくなってるんじゃないかって。
自分がこんなからっぽな人間になるなんて思ってもなかった。
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友人の発言で驚いてしまうことがある。自分が死んだ時に連絡してほしい人のリストを用意しておかなくちゃ、とか、ごめんね心配かけたよね、とか。それぞれ違う人の発言だけど。びっくりしてしまう。なぜなら私は絶対そんなこと言えないなと思っているからだ。言えるもなにも、そんなふうに考えていないってことだが。自分が死んだ時に誰かに連絡してほしいなんて一切思わない。誰にも知らせる必要なんてないだろう。自分のことを誰かが心配するなんて、ありえない。だから心配かけたよね、なんて、私が、私ごときが口を裂けても言ってはいけない、といった自分への指導がある。そうゆうのって子供の頃からあって、小学高学年だったか中学生だったか、その頃には私がお嫁さんになりたいとかウエディングドレスを着たいなんて言うのは恥ずかしいことだから口にしてはいけないんだ、私みたいなブサイクが、出来の悪いものが言ったらそれは恥ずかしいこと、要は身分不相応なことなんだというふうに思っていた。今から考えると、なんでそんなふうに考えてしまうようになっていたんだろう。でもそう考えていた、ということは明確で、そう考えるだけの物事が目の前に積み重なっていたんだろうと思う。
そんなこと思わなくたっていいのに私はわざわざそんな風に思っているんだろうか。でもやっぱりそれも変えられない、消せないのだと思ってしまう。今さら自分に価値を認める、といったことはできない。そんなことはない、そんなわけない、それを受け入れないと生きてこれなかった。自分の無価値さを認めてこそ、ようやく生きてきた。それで楽になれたんだ。同時に虚無になってるけど。だから本当は自分に価値があることを認められて生きられる方が健全なんだろうなとは思う。でも私はまともになんてなれないんだ。なんかもうそこはあきらめちゃってる。どうしてあきらめちゃったんだろうな、と思えば涙が出ることもある。でも、どうしようもないね、こんな生き方しかできないんだ、そんな人間もいるんだ。死ぬまで生きてるだけ。それでどうにか心が落ちつく。
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自分のことをおとしめて、さげすんで、価値がないという態度をとらないと自分が自分でいられない。それを止めることができない。それを許さない。どうしても、どうしてもどうしてもそうしていないといられない。そうじゃないと息ができない。不安で苦しくないといられないということだ。それが自分の立ってきた土台だから。不安定であることが私にとっての安心になっている。
なんでそんなことになってしまったんだろうと思うと、押しつぶされるように涙が出てくる。だからといってそれでも自分には価値がない、価値がないという前提を、扱いを忘れてはいけないという忠告は消せない。それを失うことはできない。手離せない。それを認めることで私は生きられる、許される。それが私のほしい許しか?許されたい、それはずっと欲していることだ。だけど、ずっと欲して欲して満たされえないのなら一体私はなにを許されたいというのか?
朝、母から私をおまえよばわりしているメッセージが来ていた。夜中の3時くらいにきていたらしい。昨晩母から「aさんに2度と魚送らないでと言っておいて」と送られてきて、なにその言い方と思って、まあそれも私がおととい言ったことに対しての対応なんだろうと思ったけどわざと嫌な言い方してきてるんだなと思って「そのまま転送しておく」と返した。それに対しておまえが言わなくていいこと言うからだ、とかなんとか返してきたのだった。ほんとこいつサイテーだなと思った。昨晩の時点でもう親とは絶縁も近いのかな、そうなる方がいいのかなとは思っていたが。私ももう無理だなと思って。イラッとしたというより、もう関わりあってはいけないと思った。今までなら言わなかったことを書いてやろうかと思ったけど、そんなのやめた。やめて、無理やりとってってるマンションの合鍵を宅配便で今週中に必ず返してくださいよろしくお願いしますと送ってそのあと母の番号を着信拒否に設定をした。つくづくLINEなどやってなくて良かったと思う。面倒ごとのバリエーションは少ない方がいい。うんざりだ。言わなくてもいいことを私が言った?ふざけんな、私がこれまでどれだけ言いたいことも言わずにきたか知らないだろ。あんたは何も知らないで、知らないくせに勝手に私を決めつけてる。私はもうあんたに遠慮しない。しなくていい。私は私の言いたいことを言っていいし、したいようにしていい。母親に対して遠慮して配慮して感謝しなくてはいけないなんて責任を負うのはもう終わりにしよう。私のしたいようにしていいんだ。嫌なことは嫌だと拒否していいんだ。そうしよう。それでいいんだ。それでいい、たったそんなことが、皮フの内に熱が通っているのを感じるように火照る。それは優しさのようにやわらかくて重い。ああ、なんか、ほっとした。
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またすっかり書いてなかった。もはや書いてないことに慣れている。日記を書かずとも私はへーきでよゆーで生きていける。ライブや映画を見に行った感想はエックスで書いていたりする。エックスが終わるときには私のエスエヌエスも終わるのか?他にどこで書けばいいのかわからない。今どきみんなnoteなのかもしらんが、知らない人のnoteのリンクを踏んで大したこと書いてないなみたいになるのがさみしくて、noteがなんなのかよくわからなくなる。まあ求めすぎか。
母との関係について考える。日々エックスでアダルトチルドレンに関する記述を目にしているが、半分くらいは当てはまり、その半分くらいはすごく当てはまり、半分くらいは当てはまらないような感じ。全コンプリートなんて人がいるのかどうかもわからんが。
私は母を許せないんだろうな、やはり。それはそう、わかってる。でもそれより、それより私は私の本音を母には届けられないんだ。そのことに、私はだまってしまう。苦しい。それは全て、多くは、子ども時代に取り決められたことなのか?まるで契約を交わしたみたいにあまりに強い、破られてはいけないという頑丈な屈強な鎖。
私はこれからどう生きていくんだろう。どう働き、どう稼ぎ、何を思って、何を欲して、何を考えたいとして生きるんだろう。