液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

30すぎても恋愛は続かないので納得するしかなくなってしまう。自分の特性について考える。自分への信用も他者への信用もない。およそ多くの人がしてるできてるように見えるものごとを自分はできないんだなあと思うとそれはなぜか悲しくなる。欠陥してるのかなあと思うけど、昔ほどそれで絶望的にはならない。埋めようと思うほどのものはないらしい。歳をとるってこんなことか。

自分の何が悪いのか、これか、あれかと考えてもそれを自分自身でコントロールできるならいいのにそれらに対して自分は意固地にも変えられないものだと思ってしまう気がする。はたして私はそうして呼吸の苦しさを感じずにいられるのか。息苦しさにつまりながらする恋愛にそこまでの価値を見出せないという結論をだしてしまうのが結局自分なのだ。なんで息苦しくなるのかの理由を探ってそれを解消したらいいのかと思うけど、私いっつもそれじゃんってことはあきらかに自分自身がなんかあるんだろうと思うけどどこかでそれを相手のせいにしていたり、飽きて、諦めて、めんどくさくなっちゃうのかなと思う。そうなると、うわ、私これは結婚とか無理な人なんだろうなあ冷静に見つめないわけにいかなくなってしまう。結婚しないと言ってる人たちの言ってることめちゃわかってしまうと思ってそのこと自体には少しショックであったりする。まあ人並に。

永遠なんてない、すべてはほんの一瞬で。だからこわい。疑う。くそくらえになる。そんなわけで改めてどう一人で生きていけるのかしらと思う。

我ながらまああっさりと別れてしまうので信用がつかない気がしてしまう。こんなんでいいのか?と思うがこれしかできてないのだから。本当はいやなのかもしれないけど、でもそれで納得しちゃってる。なんなのこの堂々巡り。誰かや何かのせいにしたいのに、圧倒的にそれはないそれはないということもわかってる。なので問うことしかない。意味もなく、なく。よくみんながしてるみたいに誰かを愛し愛されたり優しくしたり思いやったりすることが、私には永遠によくわからないんだろう。真似してやってみるけどきっとどうもなんか違うんだろう。

終わってしまうと付き合っていたころのこととか全部嘘みたいになる。そのうち消えて無くなる。なんだったんだろ、あれ。ほこりみたいになってしまう記憶。私なにがしたかったんだ。人になりたいといっちょまえに思ってしまう情けなさ。