液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

久しぶりにライブの感想をまともに書いてみたくなる。書くことがある。つってもまたずいぶん日が経ってしまった。その間にこないだの土曜にはピットインでアルタードステイツ+七尾旅人も見てきたとこだけどその前の11月最後の日曜日の話。ROVO presents MAN DRIVE TRANCE 2014@リキッドルームに行った。

去年の今頃system7とろぼでまわってるライブがあって、でも仕事で行けなかった。土曜だか日曜だったかなのに。だから今回は行けたことがすごくうれしかった。ろぼ見たいって私覚えてるんだな。ろぼの体験はその瞬間が強烈すぎて、それはあんまりに非日常的すぎて、日常に戻るとそのときのことはっぱっと忘れてしまっているような気になる。でも、どうやら身体は覚えているらしいい。野音の印象がいいから室内のろぼも見たくなってしまう。ろぼにはすべて委ねられるっていうか、もう私ろぼの音知っちゃってるから、知ってるから!っていうような感覚のような。

率直に今はROVOがやばくて私もやばい。今のろぼ、私すきなんだなあ。今のろぼ、すごくいいなって思っちゃう。それについて、見てるあいだいろんなこと考えたっていうかいきついたみたいな、わかったというのか。

なんか、単純にいったらそれは山本さんのギターがずいぶん前に出てきてひかれてるからっていうのがあるんだけど、そこから見えてくる景色がなあ、なんかまた新しくて、ごつごつした小さな岩ひとつひとつに足をかけてのぼっていって、そこから見える景色はけっしておおげさなものではないんだけれど、そこにのぼっていく過程はこぎみよく、のぼったそこは気持ち良い風がふいている感じがする。そんな地続きのかんじというのか、今、私が立つここからの地続きの。地があって私の足があって、そこから繋がっていっている風景。

ゲストは4組。一番印象強かったのはDE DE MOUSE+Drumrolls。久々にはじめて見聞きするライブで大きな興奮を催させられた。まずそのVJの形式がえらくかっこいい。幕あがってまずはその透過スクリーンに目を奪われる。仕組みとしてはべつにすごい難しいことじゃないとわかっても、その音と映像と見せ方とすべてを兼ねあわせた演出の合致がよくできていてとてもいいもんを見たという気分。しかし面白いことにこの日のバンド3組ともがツインドラムだった。センターのDJみたいな色々やる人(こうゆう人たちはいまだに何て言うのかよくわからない)がきれいな顔しているのだけど、その人がまたすごい映える音楽と映像と、とおもってしまう。美しい造形の発する威力はやはりすごいと、でもライブでそうゆうことまともに思ったりするのははじめてかも。なんというかあの人はなかなか完璧で完成されている容姿言動だと思った。そして若く見える。音はなんといっていいのかわからないけどノイジーでマッチョなかんじとツインドラムの精緻で軽快な感じが私の中ではあたらしくて、あ、私こうゆう音楽も好きなんだな!今だからいけるのかも!とか思えた。ろぼまで体力温存もむなしくけっこうなほどに楽しんじゃう。いやめっちゃ楽しかった。このdrumrollsでならまた見てみたいな。

ROVOを屋内で見たのは2年前のワンマンだろうか。野音はやはり特別だけど、でも箱で見るろぼもやっぱり好き。酸素が薄くなってきて酸素を求めるように、しかし酸素を求めることすら忘れて音を享受してしまう感覚、密閉空間での音の聞こえ方はまた好きだ。もっともっと、まだまだいける、その際限を果てを求めたくなる気持ちはろぼならではかなあ。リキッドで見るろぼはいいなあ、そういやはじめてだったかもなあ。

考えてみたらろぼのことはずっと見て聞いているんだった。12年前にはじめてライジングサンで目にしてからろぼに限って言ったら年に一回は見ている。いや一回くらいは一年に一度も見なかった時がある気がするが。しかしよくよく考えてみればそうか、ろぼの山本さん芳垣さん岡部さんはよくよく他での音源聞いてるしライブも見に行っている。芳垣岡部コンビはだんとつだ。この二人の生み出す音というよりやはり空間をかんじるそのもの、そこをみつけると猛ダッシュしたくなっちゃうような。子供の頃によく遊んだ、空気で膨らませたでっかい人形みたいなのの内部でぽんぽん跳ねるやつ、あれで遊び戯れてるときの感覚。もはや今私にとってろぼの音はすっかり遺伝子に組み込まれているんじゃないかと思う。

だから、なんか、ろぼと自分の繋がりが12年たった今、こんなにも濃密に深く太く強く親密に、空に雲が浮かぶみたいになじんで感じられるのはあたりまえのような気がした。自然とこうなるよね、そうだよねというほどに、私はろぼの音と自分の身体をすりあわせとけあってきたという実感、そのいくつもの色々な空間に身をおいてきたんだよなあという実感が思い起こされた。私はこの音を知っている、という喜びの知覚が騒ぎだす。

ろぼのライブでの自分のはしゃぎっぷりは最近たしかに敏感だ。なんか無性に脳みそか神経かがビリビリビリーと感電してしまったように光が走るようにむきゃーーとなる。ずっと周回してたはずが、急に無視してまっすぐ遠くへ走りだしてしまうみたいな。そのとき私は今ここで一番高く飛び跳ねることができる!と思うんだけど、冷静な自分がいやでもそれする必要ないしと落ち着かせる。なんか、ほんと、こどもみたいに喜びはしゃいでしまう。ひんとうはぶぎゃーって全力疾走はじめてしまいそうなほどのエネルギーの発露がある。

eclipseの、2人のドラムがまるでトタン屋根に落ちる雨音のように奏でるとこがあって、そこがたまんなくいい。まるで雨音のように絶妙にずれた音なんだけど(そうゆう音と映像の同期ってよくあったりする)、でもそれは計算された音であり人工的に作られた音でありしかし今それは目の前で人力で生で演奏されているという事実が、リズムという役割を越えてなになにのよう、という具体的比喩表現を呼び起こしてくれる。なんかべつにぜんぜん目新しいこと言えないんだけどその体験が強烈だった。