液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない


倫敦塔で漱石時計と一緒に。ロンドン塔の中には入ってないんだけども、むりやり外から撮ってみた。漱石がここへ来たのは百年以上前かな。漱石が見たのと同じものを目にしてるんだーと思うとどきどきした。思いをはせるというのはどきどきをする。ついでにこの新潮文庫でもらった時計は最近リニューアルしてからなくなってしまった。ギリギリセーフだったなあ。
漱石にはまさしく『倫敦塔』という作品があって、漱石が倫敦塔を訪れたときの様子と思われるものが書かれている。なかなかどぶんと暗い雰囲気があるが、漱石の想像力を見せつけられてなかなかおもしろい。イギリスに行くとなってイギリスで興味あることあったかなーと思い巡らせる中で、あ、漱石が留学したところだ、ということに思い当った。『倫敦塔』以外にも、小品としてイギリス留学時の話が書かれたものはある。どれもなんとも面白い。漱石という人の面白みが感じられる。一部しか読んでないけれど。しかし漱石は留学中に精神を病んでいったという有名な話もある。はてさてそれはいったいどんな所だったのかしらという興味を持ちながら、実際はそれらもすっかり忘れロンドンの街には圧倒されつつ、ロンドンも楽しいけれどコッツウォルズなどの田舎方面により一層魅了された。
これの写真は姉に借りたコンパクトデジタルカメラ。自分の一眼レフフィルムカメラも持ち、ふたつのカメラを使い分けてみたのはいかがなものか。プリント出してみないとわからないなー。イギリスにいる間は毎日天気がよくて、一日の中でもころころ天気が変わるというのは全然みられなかった。20度をこえている毎日は日差しがまぶしかったけれど、空気がからっとしているからいやみでない。そこで日本に帰ってくると、ひどくべたべたする気がしてたまらない。夜は22時になってようやく暗くなっていた。しかもその陽の暮れ方が日本の冬の暮れ方みたいな、すごく澄んだ空気の色合いを出していくのが不思議だった。そして20度越えでもはやイギリス人はノースリーブやキャミソールに短パンなので驚く。そして原っぱがあれば日光浴。じゃがいもの量は多く、デザートは非常に甘くでかい。ヨーグルト1カップも日本の倍量くらい。パンもずしりと重い。10歳の時以来、13年ぶりの海外旅行。ほぼはじめてのと言ってもいいくらい。少しは超簡単な英語を外国人に喋った。けれど聴きとりはさんざんなもので、それでもなんとか察してやりくりできた。自分が喋っているのとは違う言語があり、違う文化や習慣が存在しているんだーということをうわーそうなんだなーと強く実感した。前々から違う言語が存在してそれを理解できない自分がいてそうするとそっちはまるで自分の全然知らない世界になってしまってることは、不思議というかなんというかどひゃーって感じだなあとは思ってたけど、それを360度から体感することになって、ただただそれを実感した。言語ってすごいなあと思った。よくわからないけど。