液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

昨日、図書館へアンネの日記を借りうようと思って返却も兼ねて行ったら、こないだには三冊くらいあったはずのものが一冊も見当たらない。あれ…おかしいなと検索機で調べてみると、どれも貸し出し中になっていた。く、、やはりテレビの影響ってでかいのか…くやしい。
まあなんせ私も先週のNHK教育で放送されたイギリス制作のドラマ「アンネの日記」を見て借りようときたものだから、いたしかたないというかなんというかしょうがなさを味わうしかない。土曜に来るべきだったか。図書館にあれを借りようと思って決めて来て、それでそれがないとすんごいがっくりするし、むかむかする。予定、計画がなし崩しにされた気分になってしまう。ちいさい。
それにしてもドラマ化されたアンネの日記はとてもよかった。月曜から金曜まで19時から30分、ということで、いつも19時から夕飯の支度にとりかかるところを18時台からはじめて準備をしておいてという体制でのぞんで見た。アンネの日記も読んだことがないから、とても興味を持って見た。ここ最近、ホロコーストに関する本を読んだりしてもっともっと知りたいと思っていた、ナチスホロコースト、ヨーロッパについて。
狭く限られた居住空間、隠れ家の中で家族や他人あわせて8人での生活、一歩も外には出られない、窓を開けることさえできない、沢山の様々な制限、常にナチスの脅えがつきまとい、爆撃の音にもさらされている。本当に本当にこんな生活があったのだろうかと信じられない気持がいつも沸いた。外の空気を吸うことも出来ずに、来る日も来る日も同じ顔を突き合わせなければいけない。しかしそれが生きる道として残されているものだから、それでさえも幸運だから、いつか自由になれる日を見出して生きていくことができたんだろうか。
もちろんその中で13歳のアンネは両親や姉との亀裂も生んでしまうし、特にお母さんとのやり取りはいつも痛々しくひりひりするもので、最後までそれがとける事はなかったのかなあと思うと、もっと時間が先まで続いていたならそれはありえたのかもしれない、そもそもこんな縛られた生活がなければ、と思う。しかしたとえ家族に苛立ちを感じ時に大好きなお父さんにさえ決別するようなひどい手紙を書いたとしても、それでもやっぱり家族としての繋がりが強くあるんだろうというのは常に見えるようだった。ただどうしても、13.14歳という年齢の中でつよくつよく自分を発してしまわざるをえないアンネの姿は、すごくまっとうなのに、けれどそれを制限された生活の中では批判を受けねばならなくなってしまうということが、とても痛かった。
最後、ナチスに見つかってしまい、最低限の身の回りの物を各自用意し人一人しか通れない階段をおりていくシーンで8人の死んだ収容所の場所と月日が明示された。それでとても驚いたのは、家族でもバラバラの収容所に連れて行かれているらしいこと(最初は一緒だったのかもしれないけど)、また殺された年月日もばらばらであったこと。アンネのお父さんだけはアウシュヴィッツを生き残ったということだけど、それはドイツ軍として戦った功績が関係してたのかどうかは気になる。最後の最後まで、色んな事を感じさせられ考えさせられたドラマだった。