液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

フェルナンド・カブサッキ ジャパンツアーの新宿ピットインでのライブを見た。メンバーはフェルナンド・カブサッキ(Guitar)七尾旅人(Vocal,Guitar,etc) 勝井祐二(Violin)という組合せ。他にも見たい日があったけど自分の予定とすり合わせてこの日のみ。関東でも山本さんとやってほしいけどなあ。
しかしこの3人で音をだしたら、なんかそれは面白そうだなっていう予感のようなものはあって、それを見てみたいと思った。見たことのないなにかなんじゃないかっていうような。単純にそんな期待。今なんだかあらためて色んな音楽を聞きたいようや、ふれたいような知りたいようなそんな気になっている気がする。高田渡トリビュートライブもそこへの刺激になっている。旅人とカブサッキさんは2011年から数回一緒にやっているらしい。私がカブサッキさんを見るのはじつに10年ぶりだった。大学生のころ、まだ即興を見始めたころだしか、よく詳しくは覚えていないのだけど、そのアルゼンチン音響派スペシャルユニットのライブがすごくよかったこと、他ではない特別な音楽だったこと、ということは覚えている。また今回勝井さんが事前にカブサッキさん等とのつきあいについて詳しく書き記してくれていて、それではじめてそうなのかそうだったのかなどを知った。ろぼを知って、そのままわりとすぐアルゼンチン音響派を私は知ることができていたんだなあとか改めて自分の聞いてきた音楽をふりかえるような機会にもなった。

3人の音はすでにもう勝手知ったる仲のような雰囲気がそもそもあって、そのなかでは勝井さんが一番ほかの2人を支えるような存在の感じがした。旅人をみるのは一昨年のアルタードステイツのゲストのときだけど、ツイッターはフォローしているから見ていたりして最近エレキギターを手に入れたというのは知っていた。どうやらエレキギターとの相性はいいみたい。歌、声とともにどこか知っているところを歩いていくようだ。カブサッキさんのギターの音はとてもクリアによく聞こえる。まろやかで繊細な音だけれどハッキリしていて正確で。また完全に動きをとめて2人の音を聞いているときはまるで固まってしまったみたいに静止している姿が印象的だった。

3人の音はとてもよくあわさっていて、それははじめて見聞きするものだよなあと思う。即興のライブはくやしいけど詳細を覚えていることは私には不可能だ。できあがっている、決まった流れのある曲でない以上そこでなにがあるかはその時にならないとわからずそれが再現されることはない。その時にだけ見聞きできるもので、残るものは体験なんだよなあと思う。それを見た聞いたという体験としての興奮や、なにを見たか聞いたかという体験、感情の、身体の記憶、それらが見終えた後の支えでまた次に繋がっていくものだ。その体験はその場そのときに行かないとできない。
その時に奏でられるものをその後になにで言い表わすことができるものか、よくわからない。やっぱりただの体験だ。自分はなにを見聞きしたかをより問われる。目をつぶって集中しているつもりでもついふらふら全然違うことが頭に浮かんできたりもするし音に興奮することもある。それらを行き交う。しかしこの体験は積み重ねる、積み重なる。
ぐぐっと体がうわつく。身体の重みや硬さを感じるきしみも感じながらも自分の中身、臓器?やらが、たましいが?うわずる。うわっとずり落ちそうになる身体。上下に行きかおうとする魂と身体でひっぱられあうような。そしてゆるやかにそれらはもとにもどる、静寂にかえる、ねじれが解消する。そのねじれがやわらかなふくらみを押すようにして涙がでてくる機能ではないのか。すべては身体ひとつのなかで連動していると思うのだけど。

2セット目ではまず勝井さんとカブサッキさんのセッション、次にカブサッキさんと旅人。旅人は勝井さんカブサッキさんのを聞いて星空が見えてきたから〜とかできらきら星を歌い始めたような。カブサッキさんもそれにこたえてゆく。その連なりは特別に甘いもののようだ。カブサッキさんの音は異国の音に聞こえる。でもアメリカでもなくヨーロッパでもなく、でも日本ではない音。知らない異国のにおいなのかなこれは。
アンコールでカブサッキさんがひいたタンゴのギターは悲鳴をあげそうなくらいに美しくて息をすい呑んだ。聞いたことはあるがはじめて聞く、というような体験はそのものことに魂をいれこむようなものなんだなあと思う。躍動するそのもの、音色にリズム。まどわされ魅了されてしまえということから避けられないものを感じた。なんだかおそろしいものだ。そんでカブさんが勢いづいたかなんかちょこちょこ喋ってくれて、勝井さんがカブさんが今ツアーで喋ったのは今日がはじめてですと言っていた。旅人はほぼ日本語喋ってるだけなのになんとなくちゃんと意思疎通がとれてたりして、人柄と音楽は通じあうんだなと思って単純にすごいっと思ってしまったりした。旅人はタンゴはむずかしいむずかしい言いながらも歌っていた。上手かった。
即興を見聞きする体験をふやしていったらもっともっと音を感じることができるようになるんだろうか?もっと音を知りたくなったりする。毎日知りたいとさえ思う。でも仕事も毎日ある。バランスとかよくわからない壁やつまずきを自らつくっているだけのような気もする。勇気がたらんのだ。勢いがたらんのだ。もったいぶっているのか。ぐだぐだで衝動のたりないような自分がみじめだ。何が言いたいのかわからない。もっと好きな人の音を知る人間になりたい。それは遠い。でも少しほんの少しずつ自分のさじ加減みたいなものとかがわかってきたのか?と感じはじめてきたような。