液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

いつも特に年末年始らしいものを感じることは少ないけどそれが今回は更に強かったような感じ。年をとるとますますそうなっていくんだろうか。そんななか生まれてはじめて髪の毛の色を染めてみた。そして去年のことを振り返ってみようと思った。

去年はけっこうライブを見に行った気がする。意識的にがんばった。千駄木でも吉祥寺でも平日20時開演であろうとも、なるべく見にいくようにした。まあそしたら慣れる。家が遠いというのはしょせんその程度のことだ、と思うようにした。気にはかかるが気にしないよう努めた。今年はもうちょっとほかのものごととバランスをとれたらいいかも。映画とかギャラリーや美術館とかもろもろ。

さて見たライブのなかで一番印象深かったのは圧倒的にモーサム@新宿ロフトだった。もう単純に感動度合いが圧倒的だったと思う。ライブそのものへのというか、そのものでありそれ以上のものを覆いふくんだものとして。モーサムだからできるものだったと思った。そしてどうしてこんなこと忘れていたんだろうということや、そうだそういえばそうだったんだとはじめて気づけたこと、ああ私ってモーサムからもらいうけてるものこんなにあったんだということに圧倒された。ずっと聞いてみたいと思っていた曲がまさか今こんな形で聞けることになるなんて思ってもみなかったもので、また、そうだそんな風に待ちこがれていた10代の自分がすぐ隣にいるようなくすぐったさもあった。10代の私が、ほんとすぐ横にいるみたいだったあの感覚はおもしろくて切なかった。そんな風にとらえられるくらい、そこからずいぶん自分は歩いてきてしまったのかと思う。同時に、そんなすぐそばに現れてくれるんだということ。あの日あの場所に集まった人々の熱気もまた、花火が打ち上がるような火花が飛びはねていくような熱があって、なんだか忘れられないものがあった。

次点の印象深いライブは山本精一NITE@渋谷WWW Xだった。フルコースをいただいてしまったような、もうここは黄泉の国ではないのかというような、立っていられないような、そのままゆっくりゆっくりでも確実に垂直に立ったままうしろへ倒れて床に硬直したまま倒れてしまいそうな圧倒的な音空間だった。まあ実際椅子があったからよかったというか、椅子から見るあのせかいというのがまた異様で恐ろしい感じはした。考えたらあの規模の箱で椅子で見るってあまりないものだ。けっこうその視界が特殊だった。ぜったいこの世じゃなかった。すごく贅沢でおもしろくて、京都の鴨川にかかった橋のすぐそばの中華料理屋さんで食べた夜みたいな気持ちになった。

他はキセルの1月のリキッドワンマンが5人体制としてはかなりいくとこまでいったような演奏が見れた気がしてすごく好きだったとか、キセルと山本さんの共演もすごくうれしく、久々に見れたEmergency!がやっぱむちゃくちゃむちゃくちゃよかったし、ROVOがいっぱい見れてそこもまたいろんなことを思わされた。シロップはQueで見れたのがでかすぎたかなあ。デカイ箱で見るよりこっちのほうが断然しっくりきてしまいすぎて。そんなかんじに16,7のころに見てたのと同じ人たちを見たらしいとわかる。それもすごい。決して昔好きだった音楽が、それだけがやっぱり好きだとかそんなことじゃない。だってみんな変わっていくのだもん。だれも昔と同じことやってるわけじゃない。だから聞いてなかった時期だってある。自分も変わっていくから。でも彼らみんなが音楽を続けてくれているからまた見にいくこともできる。また見にいくことができる、それだけが、そのことが、ラッキーだなあと思う。


年末はアップリンクで「エヴォリューション」を見て、元旦からイメージフォーラムでアピチャッポン上映を見た。「ブリスフリー・ユアーズ」と「トロピカル・マラディ」と見て写美の「亡霊たち」を見た。なぜか急激に映画頻度が高まっている。アピチャッポンにはまってしまう。