先週の火曜日、13日の夕方頃からセキが少し出始めた。このとき確かひろきさんがコロナだったとわかったと連絡はもらっていたけど、それより月曜は主にまさきと一緒にいたからまさきから風邪をもらったかもしれないなあとは思った。でも普通に帰って味噌汁作って納豆と米とで夕飯を食べた。でもそのあと最近では珍しくもどうしても風呂に入る気にならなかった。そこまでだるいとか眠いとかいうわけでとなかった。でもなんか立ち上がれなくて化粧も落とさないまま寝た。次の日、14日水曜日、起きてシャワー浴びて普通にいつも通りに会社に行った。でもなぜか駅に着いてあさいさんは現場だからお父さんの迎えの車にのって、乗ってみたらなんかあれ?腰が痛いと気づき、腰が痛いなんてよくあることのはずなのになんかこれはいつもと違う痛みだなと思うと会社に着き、車を降りてみるとあれなんか腰以外も痛い気がするし熱もあるな?と気づき始める。なんで会社に着いてから気づく?なんで家出る前のタイミングで気づかなかったんだ?と疑問がわきでる。でもどちらにせよ今日は会社にいてないとならないし、もうこれはどうしようもないなと諦める。でもすでに熱があるるのわかるし寒気がめちゃくちゃする。いつもの会社の寒さとはこれがまた全然違くて寒気の波がなんどもなんどもやってくる。これではカッティングのめくりすら全然できない。さいわい新しい仕事はなにもきてない。このあともこないでくれと願うしかない。昼からはもうマット引いて横になって寝た。会社の体温計は電池切れ。前から切れてた。まあそんな数字知ったところでどうしようもない。持っていたEVEを飲んだら寒気は消えた。でもこれもそのうち切れるからまたのんで。熱も多少ひいた?けどまた戻ってくる。一度2時くらいにあさいさんから電話があってその時に言おうかなとも思ったけど言ったところでどうしようもないと思ってやめておく。さすがに少しは何かやった痕跡を残しておかねばと思って3番だけはどうにかめくっておいた。寝てもそこまでよくならないし追加もなさそうと判断して16時過ぎにあさいさんにメールして体調悪いから17時までには帰りたい旨を伝える。オッケーをもらって帰る。久しぶりにマスクして。駅前のマツキヨで風邪薬を買うかどうか迷ってEVEでどうにかなるだろ…とした判断が完全に間違っていたとあとからわかる。スーパーでと重いからキツイと思って買わなかったポカリスエットもあとから悔やまれる。ゼリーとヨーグルトも一個ずつしか買わなかった自分はまじ愚か。このときは一晩寝ればよくなるだろうとかなり軽く考えていたのだ。なぜこのときそんな楽観的でいれたんだろうか?バカだからだとしか考えられない。いつももっともっと慎重に生きられるようになったつもりでいたのに、全然そんなことなかった。もしくは熱でまともに考えられなかったのかっていうか、考えたくなかったのか。帰宅してからのことはよく覚えてない。ただ寝ただけなんでは。夜中1時頃に熱を測ったら38.2度だった。げっ、と思った。

15日の木曜日、朝体温を測ると37.6度だった。引き続き寒気と熱におそわれる。EVEしかない。でもEVEはやっぱり効果がでても数時間後には切れる。とにかく多めにEVEのんじゃう。熱くていつも大好きミルクティーも全然飲む気になれない。水も飲む気しない。とにかくEVEしか頼らない。どうして昨日マツキヨ寄らなかったんだ。この部屋からは徒歩10分かけないと薬も売ってないのに。母から今日は仕事で早くは帰れない、父もいないとか、で、姉が子の迎えに行ったながれでポカリなど買って持ってきてくれることに。姉家からの感染なのは確実みがあるからさすがに姉もわるいと思ったのか…。なんか外の気温も暖かく、じゃあこのすきにシャワーでも浴びとこうと決意してやってみたらできた。ふらふらすぎてなにもできない、というのは案外弱気な思い込みなのだ、と思う。姉が車できて、まさきが手振ってくれてたのにいまいち曇った顔つきだからなんなんだろうと思ったけど後から聞いたら車を降りて私の部屋に行く気まんまんだったから降りれない不服さがあったらしい。まあなんかほんとそんなところもめちゃかわっていうか、きゅんきゅんするお話として響いてくる甥っ子効果強烈である。ポカリとか飲むゼリーとかまじ助かる。バナナいらん。しかし陽が落ちてきて、あきらかに喉の痛みが出てきてるのを無視することはできない。そしてこれはEVEでは絶対対処できない。これはもう意を決して市販薬を買いに行くべきだろうと確信する。姉に頼むのは気が引けてできなかった。なんかほんとそうゆうのを人に頼むのとかはまじ難しいことだ。暗くなったし、自転車でいけばがんばってやり終えられることなのではないか、やるしかない、と決めこむ。店頭でもどれがいいかなど悩む時間はふりきって一択でルルアタックを購入。1番目立つとこに置いてあったからもうそれでいい。やれた、やりきった、やればできるという快感をこんなところで得る必要はないはず。恥ずかしいからこの話は誰にもしていない。あさいさんにはしよう。薬飲んで布団に入る。熱がまた38.2度あった気がする。でも薬を飲んでも喉がどんどんどんどん痛くなってくる。ひきつづき夜は何度も目が覚めてまともに寝れやしない。起きるたびに喉がひりひり。つらい。やべえ。こんなずっと高熱でいたら頭バカになっちゃうのかなと心配になってくる。そんなこと考えてる時点でバカっぽい。わかってる。

16日金曜日、目が覚めるもやはり喉が痛い。つらい。布団から出るのも辛い。でも喉が痛いからミルクティーでも飲まなくちゃとティーバッグをコップにいれて水注いでレンジにかける、というその一連の行為がなぜかぜんぜん出来なかった。手元が狂いまくってできない。それがショックすぎてもう無理だーーとベットに倒れる。熱を測るとまた38.2度。もうむりだわと思って迎えにくるという母の申し出を受け入れる。迎えに来てもらって実家近くの病院へ。前にもここでPCR検査を受けている。陰性だったが。受付していったん家で待機中にもう一度熱を測ったら38.5度あった。この頃もう完全に声がカスッカスに。どこから出てるのか、響いてるのか、わからない。それでも病気では喋らなければならず、こんなにカスッカスでも伝えようと思えばどうにか伝わるもんだ、とやはりやれば成せることはあるんだという実感をみる。インフルとコロナの同時検査。15分待って結果。コロナでした、と。なぜかわからないけどコロナではないと思ってた。コロナは喉が最初にくるんだと、いつかどこかで聞いた古い情報のまま固定されていたのかもしれない。インフルの可能性すらあまり考えていなかった。ついにコロナ罹患、と思うと急激に気持ち悪くなってきた気がして前に体が落ちていった。そしてなぜかそのまま実家で療養することに。ふつうにひとり暮らしの部屋で過ごすのが適切だと思うが、まあ隣の姉家族からきてるなら両親も接触してるんだからまったくなにもうつってないことはないんだからみたいなよくわからん適当な理論によって。両親はワクチンを何回も打ってるぶん、2回しかやってない私よりは強いのかもしれない。母も軽くセキはしているけど。まあもう抵抗する気力もないし従うことに。さすがのお薬で下がらなかった熱もおちついて下がるような。しかしやはり喉の痛みは簡単にはひかないのだ。一昨年の夏の風邪のときでもうそれは知っている。

17日の土曜日、熱は37.2度くらいに。夜はやはり寝つき悪く、喉の痛みとひたすら格闘。どうにかお粥などたべる。無理してでも食べて喉の痛みとやり合うしかない。熱はおちてきてて動くのも平気になってくる。ずっとテレビでNHKを見る。いつもと同じ?本棚にあった韓国の小説「アーモンド」を読みはじめる。なんかあまりに絶賛の帯文に引きつつ、読みはじめてもこうゆうのは好みじゃないよなあと思いつつ、まあせっかくだから読んでみる。でも私が好きなのはこうじゃないよなあと思う。買っておいた本を持ってくればよかった、と言ったって部屋出る時はそんなこと考える余裕はなかったわけで。こんなことでもないと読まないんだから、と言い聞かす。明日にはひとり暮らしの部屋に帰ろう、と思う。夜ご飯はおでんを食べる。久々に食べ物を食べたという感じ。変な感じ。ちゃんと全部の器官が元通りになるんだろうか、という不安が少しある。

18日の日曜日、喉の痛みもずいぶん引いてきたのに今度はセキが出てきた。しかも随分でてきた。夜もセキがひどくてまた何度も目が覚めた。なんか、喉の奥に細いほこりの糸が絡まってるような感じ。それがむずかってセキになるみたい。スーパーでまたポカリやゼリーや買ってもらい、部屋まで送ってもらう。台所には洗ってないままの鍋やらコップ、畳んでない洗濯物はいつ干したやつだったか、掃除機もいつかけたのが最後?、なにもわからなくなったこれらを一気に全部片していく。セキだけが嘘みたいに、セキに息が止められそうなくらいに出る。だけど勢いづきすぎて玄関の床のふきそうじまでしたり、窓のサッシに網戸もふいて、ベランダの汚れもこする。なんだかなにもかもが汚れてるように感じられてしまうみたい。食欲はあまりない。もらったおでんを食べる。大河ドラマ「光る君へ」の7話を見る。まひろはセリフで簡単に心情を語らせてなくてそれはわくわくする。大河はもちろんいろんな要素で面白いけど映像の完成度としてはなんか味気ないというか、もっと統一感あげて欲しいと思ってしまう。土曜ドラマの「お別れホスピタル」とかだと完璧なのに。まあ現代劇と時代劇じゃあその作り方ももちろん違うと思うけど。でもなんかもたついた感じがもったいない気がしてしまう。今日、新宿駅パレスチナ、ガザ支持のデモがあったみたいで、まあコロナだから行けないけどでもやっぱり行けたところで行ってないのかなと思うし。集団性に対してどうしても苦手意識を持ってしまうかなあと思う。でもTwitterでなるべくガザに関するものにいいねをつけていく、それをもっとよくやろうと思う。明日まで仕事の休みはもらってある。しかしセキがよくならなくてやっぱり不安がある。このままでは映画もライブも見に行けない。通勤するのに電車に乗るのにも気後れしてしまう。セキはやばい。

19日の月曜日、セキ変わらず。なんか大してなにもする気がしない。そういえば実家で「アーモンド」を読み終えていた。ふしぎと気づくと3Dアニメーション描写を想像して読んでいて、そのイメージから離れられなかった。それが現実の地続きの物語としての実感を得られなくて、やっぱりそれが面白くなかった。読み途中だったガザの本を読もうとするも眠気におそわれ、しかしまたセキで目覚めていた。あさいさんに明日から行きますと連絡。そういえば鼻水もいつの間にか止まっていたな。いや違うか、まだずっと詰まったままなだけか。食欲はない。ポカリばかり飲む。明日からどうなんだろう。不安だが。

と、コロナになった記録として久々に日記を記しておくことに。

 

 

 

 

 

 

 

ひとりで、なんでもない人になって生きていくのがこわかったのかもしれない。

何日かまえに、ふいにsくんのことを、sくんに対して思っていた気持ち、あれは一体何だったんだろうなということを考えた。その時はいまいちはっきり出なかった心当たりが、寝起きに、突然ひらめくようにわいて出てきた。当時にもなにかそんな感覚はあったと思うけどそこまではっきり言葉にはできなくて、だからよくある恋愛としての好きというみんなが使っててみんながわかりやすいものに安易に気持ちを預けていたような感じがする。今思えば。でも私にはそれは不似合いだった、おかしな真似事を、無理をして型にはめ込むようなことをしていたんだと思う。そんなことにも気づいていなかったんだと思うと、おろかなんだなと思う。過去をふりかえればいつもおろかな自分がいる。

そして私はいまどんどんと空っぽになってなんでもない人になっている。そのことに抵抗することももう諦めてる。もうそれでいいんじゃないか、最初から自分はこの程度のもので、これまでずっとただ無理をしていただけのようにも思う。からっぽになっても生きていけるんだとわかってしまった。からっぽのまま死んでもいけるんだろう。生きてることに特別な意味はなくて、それでも働いてお金を稼ぐ日々の繰り返しで人生は埋めつくされて消費していく。そんなふうに、そんな程度に人は生きて死んでいけるんだとわかってきた。そのようにしか私には生きられないんだとわかってしまったら、いろいろなものが崩れ落ちてそのままずっとそのまま。

frueには結局行かなかった。1週間前に宿を予約するまでしてたのに、結局キャンセルした。キャンセルしてからやっぱり日帰りででも行けないだろうかと思いはじめてタイムテーブルと新幹線の時刻表をつきあわせてみたけど、結局最後までは見れないことや、バスの時間の読めなさを思うとさらに早めに会場を出なくてはいけないことを思うとこわくて、それなら行かない方がいいだろうと思った。いったい何をしてるんだろう。

自分なりになんでこんなに逡巡してしまうのか、なにに怯んでいるのか、考え続けていた。月曜から生理前現象としてのめまいが発生してきたのは大きかった。一気にそれで不安になった。でもめまいが起きるより前にも行く気をふるわせられてなかったようにも思う。なにがこわいんだろうとその要因となる欠片を探し、その点点をつなぎ合わせる線について具体的に想像して仮定する。そうなのかもしれない、違うのかもしれない。わからないけど、そうなのかもしれないと仮固定でもしていかないと先に進めない。

人が沢山いるところに行く拒否感、フェスに何年も行ってないという気後れ、もしかしたらライブを見てもなにも感じ取れないかもしれないことへの恐怖感はもうこれは今回に限らずほかのライブに対しても起こってるしライブだけじゃなくてアートに対してもそうだしこれはコロナが起こってから自分に起きた変化として大きく支配し左右されている気がする。なんで自分はこんなことになってしまったのかわからない。2週間前くらいの土日にせっかく2日連続の休日なのにどこにも出かけられなくてそんな自分に泣いていた。自分を自分で把握しきれない。自分の意識、頭で言葉で考えているつもりのところと身体が一致しないでズレているようではあったけど、そのことを受け止めて言葉で理解することはできなかったのだ。自分はどうしてこんなことになってしまったのか。コロナにはかかっていないのに、コロナの世界の暮らしで自分は変わってしまって、それで失ってしまったもの、怯えることになれてしまって、それはまだ元に戻せていない。ほとんどの人はこんなことないんだろうか。不思議に思う。なんでそんなすぐに前と同じみたいにできるんだろう。でもそれよりただ自分が変わってしまったことに残念さを思いながらも諦めてしまうことに慣れていく自分が、うっすらとこわい。

いつからだろう。いつまでだろう。なにかもう、すべて自分には手に入らないんだと理解して、受け入れるようになったのは。望みや、願いや、希望を持たなくなったのは。それまでは、まだ、こんなふうにあんなふうになりたいと思い描いていたんだと今ならわかる。今はもうそういったものが一切なくて、もうぜんぶ手放してしまったんだということがわかる。もう自分の手には何も残っていない。どんな憧れも自分が叶えられるわけがないと理解してしまったら、それで最後。もうなにも残っていない。それは虚しさが延々と続くだけ。その虚しさに埋め尽くされようとしても、抵抗するものがなにもないんだ。ああなにも残っていない、自分はこんなにもからっぽになったんだとわかる。

良い人間を見ると、その姿に泣けてしまうような良き振る舞いの人を見ると、自分はこのような人にはなれなかったんだと思うとその断絶に泣きそうなほど落胆してしまう自分がいる。浅はかすぎるようだけど、本気でそうなる。自分は良き人間にはなれないんだ、そらほどに悪いんだということにとてもつらくなる。