液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

朝起きてだらだら。無駄に広い部屋に置かれた布張りのイスが気持ち良い。そういえばもともとは伏見のあたりにホテルをとっていて、そのときは9時半から名古屋市美を見に行くつもりでいたのだった。昨日友達が成城石井でパンと牛乳を買ってくれていたので、ひきたてのコーヒーをいれてもらって食べる。自分は牛乳飲まないのに私に牛乳いれるんだっけ?と昨晩のコンビニで聞いてきたのはすこし驚いた。入れるっていってもほんのすこしで良いわけだが500mlのパックを買っていて、そんな気づかいができるようになったのか、と、感動してしまうのだった。着替えて、洗面所を借りて化粧をする。2度目だから、前と同じ流れだなあと思う。2度目、というのは前の動きを踏襲するという意識が働いているのだ。地下鉄で別れて、一人で名古屋市美術館へ。雨の降る中、公園を抜けていった。東京にも公園がない訳ではないが広すぎず大きすぎずただ通り抜ける公園が街中にぽっかりあるというのはなんとなく良い気がする。わりと小さい美術館で、さらっと1時間ほどで見れた。それから芸文センターに移動して、あまり時間はなかったので地下の加藤翼さんの作品を見る。前に?今年?森美で見たバンド演奏の映像と、名古屋で撮ったのであろう和楽器のトリオの演奏の映像。後者が圧倒的に良かったな。さてと待ち合わせ時間になろうとしていたのでぼーっと待っていたら、あれ?なんか見たことあるっていうか知っているような顔の人が前を通っていった?えーと?誰だろう?もしかして、大学の時のT先生だったのか?と思うがいやいや卒業して以来会ってないし見てないし、あんな感じだったか、ただのそっくりさんか、判断つけかねる、、早く友達来ないかな、、画像検索でもしてみようかなと思っていたら友達が来た。似てる人いたんだけど?と言って奥のスペースに行ったその人物を確認してもらったところ、T先生であると確定した。うわー、ウケるね、って感じで話してたら、先生の方が友達に気づいて歩いてきた。友達は8年くらい大学にいたのだ。まあなんとか私の顔も思い出されたのではないか?一応卒研の審査の担当でしたよね、そして一応それで私は賞を取ったのだが、まあでもそれ一体何年まえの話だっけって感じではあるが。先生は最終日しか来れんかったわーと言い、不自由展の抽選に当たって見てきたのだという。そのコメントがいかにもT先生であり、うっわ昔と変わってないっていうか、まさにT先生だなと思って、思わず先生全然変わってないですねーと興奮気味に言ってしまう。ですぐにチケットを取っておいた小泉明郎さんの作品の開始時間が来てしまったので、別れた。先生は小泉さんの認識もおぼろげだったぽいようにもうかがえたがそれってどうなのと思いつつ。会えて嬉しいということはなく、まあそんなにお世話にもなってないし、私たちの好きな先生は別にいるのでそっちに会いたくてたまらないわけで、にしてもまさか卒業して11年後にこうやって会うことになるとはなーと思うと笑える。っていうか、私と友達がこうやっていまだにつるんでることだってよく考えたらすごく笑えるなって、それによって気付かされたけど。そういえば小泉さんの作品が見たくて、そのために来たようなあいちトリエンナーレ。だから8月のうちにチケットも取っておいた。その前に無人島プロダクションで同じくVRサクリファイスを見ていたのも大きいが、とにかく小泉さんの作品はなるべくすぐに見ておきたいと思わされている。60分のプログラムで、30分刻みで上演を設定しているというのはつまり前後の観者で絡むのだろうかとは思っていた。それは予想し得たことだが、しかしそれにしたって驚いた。その仕組みに、物語ることに。前後半に分かれるような内容だが、VRのヘッドセットをつけるのは前半。サクリファイスで見たのとは全然違う映像だし、そもそも着席で見るサクリファイスと違って立って自由に歩いてまわって良いという形式。始まってしばらくして、あ、、、と気づくことがある。けれど、その時点でわかっていることと後半になってわかることにはまだまだ大きな境がある。それはヘッドセットを外した後の世界のことだ。

少し体が震えた。まあそんな予想もあったから一人で見るのはちょっとこわくて、それで友達を誘っていたのだった。誰かがいてくれた方が良いだろうと。友達は最適だった。その後見終えてなかった田中さんの影像を再度見に行って、他の展示もいくらか見た。しかしもうお腹すいたし小泉さんの衝撃が強すぎて、ということもありなんか軽く食べることに。友達は夜は秋田からの友達と約束があるというし、私もそんなにがっつり食べたいわけではなかった。地下街のコメダ珈琲でチキンサンドを二人で分けた。名古屋のコメダ珈琲で食べた、という事実をつくった。作品の話とか色々した気がするけど、大して記憶に残るものもない。でもなんかもう帰るのもめんどくさくてこのままずっとだらだらしていられたら楽なんだろうな、と一瞬思った。でもすぐに、あ、違う、私の家はもっとずっと遠くなんだった、新幹線に乗らないと帰れないんだった、それだけの距離があったんだったと気がつく。そんなふうに時々学生の頃のような感覚に落ちてしまうんだろうと思う。さっき先生に何歳になった?と聞かれて友達は35と答えていた。ああ、そうなんだ、私とは違うもんね、私はまだ33だから、もう35なんだ、と思うと友達が急に遠い星の存在のようにも感じられた。けれど実際は私たちの間にその年齢差、数字の差というのは何か意味があった試しはない。それを問題にしたこともない。年齢なんて、なんの意味もない。ただ問題でないということ。じゃあ何があるんだろう。友達ということだ。何年か前には私は彼と物理的に近くにいたら付き合っているのかもしれないと言っていたし、友達もまたそれを真似して同じことを言っていた。けれど果たしてそうだっただろうか?私たちに本当にそんな可能性があっただろうか。結局同じだったんじゃないかなと思う。地下鉄の改札で別れた。