液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

α sweetⅡ



私はさみしい。ただそれだけにつきる。のではないだろうか。ふと気づけば、いつからだろうか、私は私の安定性を求めて全ての生活をやりこなそうとしている。とにかく自分の気持ちを静めること、破壊させないこと、安定を保つことを目指して、いかにすれば、何をどうして何をどうすれば私は安定できるのか、そればかり考えていようとしている。それは必要なことではあると思う。でも、結局、それはいつまでたっても続かないし続けられないで、結局常に破壊は訪れる。気づけばもうずっとそれのくりかえしくりかえし。こんなやり方の行き方でどこへ行くのだろう。自分の気持ちを自分で掴んであげられていないから、周りの関係を持っていてくれている人たちを振り回してばかりで、それについても正直自分でどうしたらいいのかすごくわからなくてわたしは凄く自分勝手で自分のことすら分かってなくて時間をへらへらと生きているだけででもそれもうまくは運べない。何かが崩れている、のかもしれない。それがこころやからだに押しかけてくる。元気に過ごしている。それが本当か嘘かもわからなくなる。本当なのに、嘘なんじゃないかって波が押し寄せてくる。ぜんぶわからない。何から見ればいいのか、何から片付けたらいいのか、何が本当で何がそうじゃなくて、私はどうして生きるべきなのか。私は全部うそなのかもしれない。それが本当のことなのかもしれない。全部わからないと言ってしまうのはずるいことのようにも思える。でも、それしか口に出ない、このことばにならない沢山の数にならないもやは一体何となるだろう。



今日は11時ごろに家を出て、学校の図書館でまずは惑星ソラリスという1972年公開のロシア映画を見た。木曜日に一時間分だけ見ていて、そのつづき。なぜこれを見ているのかといえば、ゼミの先生に、見た方がいいよとおススメされたから。従順な私は、おススメされた本もすぐに図書館で見つけては読んでいる。
さてこれは不思議なSF作品だ。物語自体が不思議というか、ストーリーも、様々なカメラワークも、色んな情景も、登場人物も、どれも明確さがないような、曖昧のような、だからそれはSFだからいいのか…。180分くらいあり、狭い空間世界の中で平熱のようにするーりと流れていくような美しい映像。しかし、同時にそこでは奇怪現象も起こっている。惑星ソラリスの周りを覆っている海には、人間の記憶の一部を抜き出して具現化してしまう力がある。そこで描かれる人間模様は私にはまだ理解しきれぬ部分があると思った、なんだか、なんとなく。しかし、人間とはこうゆうものなのだろうとも思ったし、どの人物にも正当性があると思った。分かりにくい話の連続性(私はLDのケースに書かれていた解説等を読みながら見ていたのでそれで大分助けられていると思う)、変なカメラワークの繋ぎ、宇宙ステーションの密室ながらも光が射し込む廊下、秩序があるのかないのか分からないような中で、現実や記憶たちとそれぞれが向き合いながら、結局あのラストというのは、思わず、呆然であった。特に、家の中に水がしたたり落ちているのが謎。前半シーンの雨に関係あるのか?それんしても、水中でゆれる水草の映像が本当にただただ美しく、世界がなくなってしまいそうなくらいに。いやはや、すごく興味深く面白かった。謎すぎるんだけど、それがまた。すごいなあ。この監督の作品、もっと見てみたい。
しかしまた謎なのは、なぜ先生が私にこれを薦めたのか、だ。わからないでもない。でも根源的なところはよくわからない。むーん、むずかしいな、これもまた。ちなみにもちろんLDでした学校にあるのは。

惑星ソラリス [DVD]

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ソラリスを見終えて、1食で定食を食べた。ここのところはずっとずっと1人で学食などで食事をとる。そうゆうとき、無性に不安になる。崩れがやってくる。きけんだなあ。だからほんとは知り合いの人がいるところで食べたほうが良い気もするのだけど。1人でする食事は、本当に大嫌いだ。こわくてしょうがないけれど、誰かもいない。いつもこわい。ただそればかり。
それから制作をした。途中で疲れてジュースを買いに行ってどうやら長い間椅子に座ってうなだれていた。s君が来なかったらあのままずっとだったな。息子を連れてきていたO先生、虫取りをしていた。よし君に少し癒されて元気を貰って再開。なんとか19時半までにやり終えた。ひたすら続ける作業は疲れる。立ち続け、掃き掃除をし続け、この疲労が一体何になるというのだろうか。




一日中夢を見ていた金曜日。まるで失われた。