液体か、涙は または水とゆめ

あなたも誰かの日記に記されているのかもしれない

さいきんは時々Facebookを更新したり、飽きたり、でもなんか書かないとつまらないような、なんて気分を抱きながらなんだかずいぶん日記を書かないでも生きていける人間になってしまったようだという気分。

今はギターを練習するのがなにより楽しい。毎日早く仕事を終えてギターをひきたいと思う。ギターを弾くことがどきどきするほどおもしろい。とりあえず今はシロップの曲ばかりやっている。明日を落としてもはもう私の十八番だ。きっとシロップで一番好きな曲。っていうか一番最初にこの曲が私は一番好きだと思った、選んだ曲だから。何度歌っても歌っても歌詞がいつもなつかしくて新鮮で古くさくてきらめいている。そこにはいつも光があり影があるようで安息する。明日を落としても誰もひろってくれないよと歌うその歌に、うんうんそうだよねって晴れやかなこころで頷かせてくれたのはもうずいぶん昔のことになってしまったけれど、今はもっともっと近いところでこの歌が聞こえてくる感じがするんだ。

しかしシロップの曲に関してはネットで探すしかない。主にまとめサイトがあるけどそれが全て正確ではないし幾つも情報はあったりするし少ししかないものぜんぜん違うんじゃないかというもの色々色々ある。だからあとはDVDを自分で見て探るのとyoutubeの弾いてみたの人たちを参考にしたりとなかなか弾く前の段階からして大変だけど、おかげでコードのことなどを自分でも学んで探してギターのことを理解できてきている。も、それがまたたのしい。音楽理論っていうのはこうゆうやつたちのことなんだ!と思うと、これを自分で勉強していくのってけっこうおもしろいかも、いいかもとおもいはじめている。
おそらくは、ピアノをちょっとやっていたから、やっていたけどぜんぜんなんもわからず弾いていただけで練習が苦痛になってやめた程度でそれでもそのピアノとの比較であり共通であることが私の興味をそそっているのだと思う。ピアノは規則正しくドレミが繰り返し同じように並んでいるけどギターは違う。今はギター弦でドレミを探り、追うことさえおもしろいと思う。和音が面白いと思う。
まさかこの年になってギターにこんなに興味持つとは思ってもなかったけど、音楽理論とゆう言葉だって昔から気になってはいたけどどうせむずかしいから私には理解できないんだろうと思っていた。それらに急にたちむかえるときが来ようとは。
自分でギターをやりだしてからはとにかくギターの聞こえ方が変わってきた。だからまたぜんぶが新鮮だ。去年、会社を辞めてからまたけっこうライブに行くようになってきた。ライブ行ったらまた生で聴く楽器の音が興味深くてたまらない。ギター練習するのとライブ行くのが一番楽しみだしCD聴く時間もぐっと増えたのではないか。色んなタイミングが相まってみたいなことと思うけど音楽を追っかけるのがめっちゃ楽しくて毎日時間が足りないと思う。もっともっと知りたいことはたくさんあるのに。

今月はキセル、来月はろぼとモーサムのワンマンがある。全部チケット手配済みだ。このラインナップまできたら、もうあと私に足りないのはシロップだけなんだけどなあ。一応私の青春四天王はこの4つなんだけどなあ。でもキセルモーサムもワンマン見るの久しぶりだしうれしいなー。キセルのワンマンはもしや新宿リキッドが最後なんじゃってくらいだけどどうだったかな。小さいライブ見てる印象がつよい。
何度もなんども強く繰り返し思ってしまうんだけど、私が10代のころにすきだったこの人たちが、みんな今でも活動を続けているということ、そのことがほんと奇跡だと思うし、そしてそれを10年以上すぎた今に私が聴くことができることが奇跡だと思う。彼らが同じ形態で音楽を続けていこうとしていることに私のすべては救われるような気持ちになるし、私自身が生きていることもまた奇跡的だなと思う。すべてが奇跡的でまるで信じられないことのように思うけどでもそれは事実であって、その事実という本当のことに、その本当のうしろにあるであろう踏みならされてきたかのようにねむっているいくつものエネルギーみたいなものを見えないけど想像し感じないわけにはいかなくて、またそれを私は私自身に思う。そうしてまた出会えることに私は感動する。なんてゆうことだろうと思う。言葉にならない。ただまた音楽を追いかけることができて私は心から嬉しいと感じる。
だからまた今年もシロップがなにかしらアクションおこしてくれるといいなと願っている。